神奈川県立生命の星・地球博物館

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2003年12月15日発行 年4回発行 第9巻 第4号 通巻35号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.9, No.4  神奈川県立生命の星・地球博物館  Dec, 2003


博物館と行動観察 ―もうひとつの評価法―

広谷浩子(学芸員)
恐竜のレプリカの前で
写真 恐竜のレプリカの前で

はじめに

筆者はこれまで、ニホンザルやクモザルなどの動物の行動観察をおこなってきました。観察場所(フィールド)は、森の中や草原、動物園の檻の中やサル山、そして水槽などいろいろです。数年前から、博物館がフィールドになりました。観察対象は人間、つまり来館者です。なぜ、人間の行動観察をするのでしょうか。本来の興味は人間のグループがどのように作られるかにあるのですが、これについては別稿にゆずり、このノートでは、どのように人間行動を観察をするか、観察結果が博物館の活動にどのように貢献できるか、考えてみたいと思います。

動物の行動観察と同じように

博物館での人間の調査にあえて動物研究の方法を適用することにしました。つまり、観察対象から距離をおいたまま、こちらの気配を消しながら、対象がどのような行動をとるかを観察するのです。人前という言葉があるように、誰かに見られている時の行動は、無意識の行動とは違うので、観察には工夫が必要になります。半世紀近く昔に世界各地で人間行動の研究をしたアイブル・アイベスフェルトは、レンズがファインダーとは別の方向についている特別なカメラを使って行動を記録したことはとても有名な話です。筆者もしばらくの訓練の後、動物を観察する時のように、自分の気配を消しながら、来館者の動向をくまなく観察記録するようになりました。

来館者の観察から何がわかるか?

(1) 外部評価を知る有効な手段

近年さまざまな公的機関や研究組織では、評価についての議論がさかんです。営利が主な目的とはならない機関では、「成果があがっているのか、存在意義があるのか」などの問題提起に対し、機会あるごとに対応していかなければなりません。したがって、外部評価を常に正確に把握しておく必要があります。博物館では、来館者数がもっとも簡単な評価の指標となるのですが、展示・講座などを通して博物館がどのように捉えられているかを知るもっと直接的な方法が来館者の動向調査です。

動向調査で、もっとも一般的な方法はアンケートです。当博物館では、これまでも様々な視点からアンケート調査を行い、その一部を公開してきました(refとびらの奥野さんの文)。アンケートをする場合には、調査者の知りたいことがはっきりしている必要があるし、「誘導」にならないよう質問項目の設定は慎重にしなければなりません。さらに、得られた結果から、結論を引き出す過程には、それなりの技術が必要です。

アンケートが表(おもて)の調査だとすると、裏(うら)の調査にあたるのが行動観察です。来館者の行動には、アンケートの回答にはあらわれない要素が含まれるからです。展示室での来館者の動き、展示物に対する反応(会話・表情・接触・写真撮影など)こそが、なまの形であらわされた来館者による評価といえるのです。このような裏の動向調査の結果から、博物館では、展示方法や動線の設定、館内各種サイン等の問題点やその解決方法に関し、重大なヒントを得られると思います。

(2) 教育プログラムへの応用

博物館に集積されている展示物やその他の情報を教育の場に活用することは、日頃より期待され、成果をあげてきています。しかし、博物館が主体となって教育プログラムを作ることは、あまり多くありません。「生涯学習の場」にいながら、教育方法についての十分なスキルを学芸員は持っていないと思います。このようなスキルの基盤は、学習者が示す行動を理解することからつくられると思います。博物館が発する情報によって、学習者の知的関心がどのように刺激され、発達していくのか、この過程を観察できるフィールドこそ博物館の展示室なのです。情報発信のプロとなるためには、受け手の特性を把握しておく必要があります。さまざまな性・年齢の人々の行動を博物館で観察することによって、受け手についての理解がいっそう深まるものと期待されます。

実際の調査は?

このような期待のもと、筆者が行なっている博物館での調査の一例を紹介します。

展示室内では、来館者が興味をひかれた展示物の前で立ち止まり、手をふれたり、仲間と話し合ったりする光景がよく観察されます(写真)。当博物館では、マンドラビラ隕石、アンモナイトの壁、カンガルーのおなかの袋などは特に人気の高い展示物です。5分ごとのスキャン・サンプリング(エリア内をみまわり記録すること)によってカウントした来館者の数をもとに、展示エリアごとの来館者滞留率を計算すると、このような興味深い展示物への働きかけの発現数とよく対応していることがわかりました()。展示物への接触行動の多いエリアが、滞留率も高く、人気のあるエリアであるといえます。

また、展示物に関心を持たなかった来館者の中には、当博物館の1階部分を流すように見るだけで疲れ、そのまま出口を探そうとする人たちも相当数いることがわかりました。関心をひくにはどのようなしかけが必要なのか、人気の高い展示物をどのように配置するのが効果的なのか、博物館経営との関わりから関心はつきません。今後も観察を続け、その結果は少しづつ紹介していきたいと思います。

 展示エリアへの滞留率(5分以上滞留した人の割合の平均)と展示物への接触
エリア Scan数 延べ人数 滞留率 接触者総数 接触触展示数
地球1 18 330 0.42 15 2
地球2 29 1017 0.51 73 9
生命1 28 1006 0.55 95 18
生命2 15 400 0.37 40 2

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