神奈川県立生命の星・地球博物館

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2003年12月15日発行 年4回発行 第9巻 第4号 通巻35号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.9, No.4  神奈川県立生命の星・地球博物館  Dec, 2003


フィリピンで箱根を考える

萬年一剛(神奈川県温泉地学研究所)

海外の火山を見に行く

私は研究所の業務として箱根火山の地質構造を解明するという課題に取り組んでいます。地質構造を解明することによって温泉の保護に役立てたり、今後の火山活動を占ったり、いろいろな波及効果が期待できるからです。しかし、箱根火山の研究だからといって箱根火山だけを見ていて研究が進むかというとそういうことはありません。どうして他の火山を見に行くことが必要なのか、なかなか筋道づけて言うのは難しいですが、おおざっぱに2つの理由があると思います。一つ目の理由はある地層をみたときの解釈がどうしても思い浮かばないことがしばしばあるということです。トラの写真のジグソーパズルの断片を手に入れても、トラの姿形をしらなければ、その断片の意味は全く不明でしょう。他の火山をみるというのは、この場合、トラそのものを見に行くと言うことに例えることができるかもしれません。もう一つの理由はどうして箱根火山はそういう風にできているのかということが、箱根火山だけみていてもわからないと言うことです。そもそも比較をしてみないと違い、すなわち特徴がわからず、特徴がわからなくてはその意義がわからないのです。これはちょうど、私たち日本人が海外に出てはじめて、当たり前に思っている日本文化を認識し、自分たちの特徴や社会や文化の良さ(悪さ)、そしてそれらを形成した歴史の重みを自覚するという体験ととても似ていると思います。

日本は火山国でたくさん火山があるわけですが、日本の火山を全部回っても箱根を考えるには十分というわけではありません。海外には日本にはない「極端な」タイプの火山があり、それをみることが大きなヒントになることがあるのです。

フィリピンに行く

レガスピ港からみたマヨン火山
図1 レガスピ港からみたマヨン火山(著者撮影).

私はこの夏、国際地球物理学測地学連合 (IUGG) 札幌大会の巡検として企画されたフィリピンの火山をめぐる見学旅行に参加することができました。この巡検では美しい円錐形の山体で有名なマヨン火山、1991年に噴火をして山頂にカルデラができたピナツボ火山、巨大なカルデラ湖を持つタール火山の3つを回りました。このうち、マヨン火山の話を今回はします(図1)。

マヨンはどうしてきれいな円錐形か

火山にはいろいろな形があるのは皆さん何となくご存じだと思います。火山の形を決める重要な要因の一つは、火道(マグマが地表に供給されるときの通り道)が安定していてずーっと同じ一本の火道を使い続けるか、あるいは火道の位置が不安定で、一寸使ったら、別の所に火道を作って、また一寸してさらに別の所に火道を作って、と移動に移動を重ねるか、といった「火道安定性」の度合いにあります。火道が安定か不安定かという違いはその火山のある地域にかかる力の具合に関係しているという考えが有力です。ある場所が非常に圧縮をうけた場所であるならば、そういう場所にマグマの通り道となる地殻の割れ目を作るのは難しいので、1度できた割れ目を大事につかう傾向が強くなります。そうしたところでできる火山の火道は安定するようになります。一方、ある場所が引き延ばされている場所であるならば、割れ目を作るのは簡単なので噴火の度に割れ目を作って二度と再利用しない、使い捨ての傾向が強くなります。そうした場所でできる火山の火道は不安定になるわけです(図2)。

マヨンの場合、一つの火道を後生大事に使い続けているので、その火道を中心とした円錐形の火山になっていると考えられます。一つの火道を使い続けていることから、マヨンのあるところが強い圧縮をうけている場所であることが推定されます。このことはマヨン周辺の活断層分布からも裏付けられるように見えます(図3)。マヨンは南北を断層に挟まれたくさび状の地塊の先端部分にあります。このくさび状の部分は、南北の断層の運動方向からみて、あたかもルソン島のなかを西側に「打ち込まれて」いるように見えます。打ち込まれたくさびの先端は周りからぎゅうぎゅう押されているので、大きな圧力を受けると考えられます。そこで、この考え方について思い切ってフィリピン側の研究者にぶつけてみました。

地殻にかかる力(応力)とマグマ供給系の関係 マヨン火山周辺のテクトニクス
図2 地殻にかかる力(応力)とマグマ供給系の関係.強い圧縮をうけている地域で は,マグマを供給する岩脈は収束していく傾向があるが,圧縮が弱いないし引張場で は岩脈はあまり収束しない.高田(1991)を改変. 図3 マヨン火山周辺のテクトニクス(地殻の構造;活断層や,沈み込み帯[海溝], 火山などの配置).IUGG Field Trip Guide Book A5 を改変.

フィリピン側からは「異議あり」

プルアパートの出来方
図4 プルアパートの出来方.2つの横ずれ断層が一直線上でつながらないとき両断層の間にプルアパートと呼ばれる構造ができる.

フィリピンの研究者も「うーん、よく考えたことがないけどそうかもしれないねぇ」という感じの方が多かったのですが、フィリピン大学の Lagmay 先生は反対のようです。Lagmay 先生の研究によればくさび状地塊の北縁である、レガスピ・リニアメント(直線状の地形、断層であることが多い)の片割れはなんとマヨン火山の真下を通っているのだそうです。このことは地形的に明らかにされていると言うのです。つまり、この断層はマヨン火山が形成されてからも動いているので、マヨン火山の等高線は円形ではないのだそうです。フィリピンでは日本と異なり、地形図の作成年代が戦争直後と大変古く、現行の地形図からこのような情報は読みとれません。Lagmay 教授は国軍の航空機や自分たちで上げた凧(!)から航空写真を撮り、得意のデジタル写真測量技術を用いて、マヨン火山の「ゆがみ」を明らかにしたそうです。

Lagmay先生 の説では、マヨン火山の直下にある横ずれ断層にプルアパートによって生じた溶岩の供給路があるというのです(図4)。プルアパートとは、横ずれ断層が一本の直線ではなく、途中で鈎型になっている場合、鈎型になっている部分に開く力が働く現象のことを言います。Lagmay 教授はプルアパートが形成されることで、実際に地殻が地下深くまで開いて、そこを通路にしてマグマが供給されているというモデルを考えているのです。

箱根と横ずれ断層

箱根を南北に切る活断層である丹那―平山構造線
図5 箱根を南北に切る活断層である丹那―平山構造線.この構造線は箱根火山の下で,プルアパートを形成しているという考えがある(左上囲み).プルアパートによって生じた断層の上に中央火口丘溶岩の出口(△で示す)が配列しているのではないかという.高橋ほか(1999)を改変.

しかし、箱根からきた私としては「なるほど、そうですか」とは言えない事情があります。実は箱根も横ずれ断層の上にあり、プルアパートの上で発達したという考えがあるのです(図5)。箱根は南北に延びる左横ずれ断層系によって切られていることが明らかとなっています。この左横ずれ断層系は丹那平山構造線または棚場平山構造線とよばれ、伊豆半島中部西海岸から丹那盆地、箱根を通って山北町平山に抜ける断層系です。1930年の北伊豆地震で動いた丹那断層はこの断層系の一部であるほか、私の考えでは箱根でしばしば起きる群発地震の多くもこの断層系の地震です。

箱根の中央部は中央火口丘によって覆われているため、断層がどうなっているかはわかりません。しかし、南側の箱根町断層と、北側の平山断層(いずれも丹那平山構造線の一部)は直線ではつながらず、両者の間にプルアパートが生じていると考えてもおかしくありません。

プルアパートは確かに安定した火道を作ることができるのかもしれませんが、プルアパートでは地殻を引き延ばそうとする力が働くために前述のような理由から、火道は逆に不安定になる可能性があります。箱根の中央火口丘は一つの富士山型の成層火山ではなく、あちこちにできた火道から供給された溶岩の固まり〜溶岩円頂丘の集合体です。こうした箱根の地形的特徴とプルアパートの存在は何ら矛盾しないのです。

多様性が重要!

面白いことに、形の全くことなる箱根とマヨンについて、おのおのの国で、横ずれ断層によって生じたプルアパートを火山の形の説明として用いているわけです。ですから、議論が生じるわけですが Lagmay 先生はプルアパートの上にできた火山の火道が一般的に不安定であることも当然ご承知で、こうした地形の違いを山体の重量で説明をしようと考えているようです。さすがにこれ以上の手の内は聞き出すことはできなかったのですが、今後の Lagmay 先生の動向は注目です。Lagmay 先生の秘策は秘策として、私も研究を進めなくてはいけません。

火山の形の研究は単に地形学的な興味にとどまりません。すでに気が付いた方がいるかもしれませんが、火山の形はその場所への力のかかり方や地盤の動きと関係をしているので、その付近の地震がどうして起きるかと言うことを解明することにもつながっているのです。

ともあれ、全く別に見える事柄を同じモデルで説明している人や、逆に全く同じ事柄を別のモデルで説明している人に出会うというのは、強烈な印象が残る得難い体験で自分の考えを進めていく上で大きな起爆剤になります。この小文でもおわかりになったとおり、カルデラ火山の研究だからカルデラ火山のことだけみていればいいというわけでもないのです。

ここ数年、日本全国リストラばやりで、何でも効率的にやることがもてはやされています。県の研究機関も、神奈川県に役立つことだけをやっていればいいとか、すぐに成果が出る研究をやれとか、いろいろいわれています(もちろんフィリピンも「県内」ではないので自腹ですよ)。しかし長い目で見て、ほんとうに何が役に立つか、何が効率的かと言うことは人間の浅知恵では計りかねるというのが実情ではないでしょうか。むしろ、全く新しい考え方や見方の獲得は、多様な個性の出会いやぶつかり合いのなかでようやく生まれるという、なかなか非効率的な作業なのだと思います。神奈川県のことだけ考えなくちゃ、とちぢこまるのではなく、世界の中から神奈川のことを考えるという態度の方が実は近道になるのだと私は考えています。

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