2005年6月15日発行 年4回発行 第11巻 第2号 通巻第41号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.11, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  Jun., 2005


今号の目次


ホトケドジョウ(部分白化個体)

荒尾一樹(愛知陸水生物調査会)
瀬能宏(学芸員)

ホトケドジョウ・枠内左:部分白化個体の頭部; 右:同じ場所に生息する通常個体

撮影者:荒尾一樹
枠内左:部分白化個体の頭部;
右:同じ場所に生息する通常個体

 ホトケドジョウは日本固有のコイ目ドジョウ科の淡水魚で、青森県を除く東北地方から近畿地方にかけての澄んだ水の小川や水田の小溝に生息しています。全長数センチメートルほどになり、通常の体色は黄褐色〜茶褐色で、頭部や体、背鰭、尾鰭に暗色の斑点があります。

 2004年8月2日、愛知県愛知郡長久手町のため池に流入する小川で、本種の部分白化個体が採集されました。この個体の体や鰭は通常個体と同様ですが、眼を除く頭部の皮膚の大部分と口の中は白色で、色素がまったく認められません。同じ場所でこれまでに複数個体の本種が採集されていますが、白化個体はこの1個体だけでした。

白化は皮膚や眼などに色素が生じない現象で、様々な動物で知られています。魚も例外ではなく、本種の完全な白化個体も報告されていますが、部分的なものは非常に珍しく、今回が初めての報告になると思われます。この個体は写真撮影後、当館魚類資料(KPM-NI 14270)として登録、保管されました。

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風化火山灰のふしぎな世界

笠間友博(学芸員)

火山灰と風化

図2 風化している軽石
図2 風化している軽石.
火山ガラスは失われ,もはや粒としては
取り出せない.図1に相当する部分だが,
色もオレンジ色になっている.
東京軽石層上部(平塚市上吉沢).
図1 あまり風化していない軽石
図1 あまり風化していない軽石.
火山ガラスは残っており,白っぽい
色をしている.
東京軽石層上部(平塚市土屋).

 私たちの身近にある関東ローム層(赤土)は、火山灰の教材としても小学校から高校、大学の一般教養まで幅広く利用されています。その中で最もよく行われているのが、関東ローム層の中に黄色などの明るい色で帯状に入っている軽石や火山灰の層(おもに箱根火山が大噴火した時の地層)の部分を取り出して洗い、中に含まれている鉱物を観察するものです。この鉱物は砂粒ぐらいの大きさですが、拡大して観察するととても美しいものです。
  液体が冷えて固体になるときは、原子(分子、イオン)が規則正しく配列して固まり、「結晶」になることがあります。岩石をつくる鉱物も結晶で、たとえ外形は不規則であっても内部の原子は規則正しく配列しています。ところが、火山の爆発で細かく砕かれたマグマ(これが火山灰や軽石です)は、小さくてすぐに熱を失い、内部の原子が規則正しく配列する間もなく固体になってしまうので、同じ固体でも規則性がありません。このように急冷して原子が不規則に固まってしまった状態を「非晶質(アモルファス)」といいます。身近にはガラスがこの状態なので「ガラス質」ともいいます。ガラスというと透明で美しいというイメージがありますが、火山灰や軽石も、物質の分類上は窓ガラスと同じで、特にこれらを「火山ガラス」と呼んでいます。
  ご存知の方も多いと思いますが、火山灰や軽石を洗うのは付着したゴミやホコリといった汚れを落とすためではありません。程度の差はありますが、長い年月の間に火山灰や軽石をつくっていた火山ガラスは変質し、泥のような状態になっていて、これを洗うと火山ガラスだった部分が泥水となって流れ去り、中に含まれていた鉱物(斑晶といい、これはマグマが噴火するまでの間に地下でゆっくり冷えてできた結晶です)が取り出せるのです。溶岩(火山岩)や変質していない軽石を割って中から鉱物を取り出すのは大変なので、火山ガラスの変質をうまく利用した方法と言えます。

図3 あまり風化していない軽石.
図3 あまり風化していない軽石.
人為的に割って新鮮な部分を出したもの.
東京軽石層中部(横浜市泉区新橋町),
写真の左右幅 0.6 mm.
  この変質は地学用語では「化学的風化」といわれる現象で、化学反応が原因となって生じます。「宝石かガラス玉か区別が付かない」といわれることがありますが、ガラスは結晶(≒宝石)と比べれば、化学的に不安定で、人間がつくったものを含め化学的風化を受けやすい物質です。長年使っていたコップ(実験用の試験管やビーカーの方がもっと消耗が激しいですが)の表面がざらついてきたり、白く濁ってきたりするのも風化の始まりといえるでしょう。考古遺跡から出土するガラス製品も多少なりとも風化していますが、逆に風化膜が美しい干渉色を出すこともあります。
  今回見ていただく試料は、約6万年前の「東京軽石層(火砕流の地層も含む)」という比較的ポピュラーな箱根火山の噴出物です(「自然科学のとびら」第10巻3号参照)。場所によって差はありますが、この位の年月が経過するとガラスが完全に化学的風化によって消失しているケースが多くなります。でも軽石層は無くなることはありません。後に残っているものは、火山ガラスが水と反応してできた粘土(粘土鉱物)です。化学反応としては加水分解という反応に入ると思いますが、これは私たちのお腹の中で食べ物が消化されていく仕組みと同じで、長い年月を経て大地が火山ガラスを消化してしまったともいえます。

肉眼で見る風化

図4 風化している軽石.
図4 風化している軽石.
紙面手前側には鉱物が付着していたらしく,
気泡の末端部が見えている.
火砕流の地層上部(海老名市大谷),
写真の左右幅0.5mm.

 図1はあまり風化していない軽石です。発泡していますが丈夫で、手でつぶせるようなものではありません。図2は風化した軽石です。土のように見えますが、火山ガラスが粘土に変化しているので、取り出しただけで形が崩れ、多少形が残っている部分も手で簡単につぶれます。
  次は、この粘土の姿を走査型電子顕微鏡(SEM)の映像で紹介します。

風化をまぬがれている部分(SEM)

 風化した姿を見る前に、同じ東京軽石層でも比較的新鮮な部分を見て下さい。図3はその中の軽石を人為的に割った断面です。スポンジのように良く発泡しています。これはマグマが炭酸飲料のように火山ガス(主成分は二酸化炭素ではなく水蒸気で、ガスの含有量は体積にして熱膨張も加味すると強炭酸飲料の数十倍になります)を含み、この発泡が噴火の原動力である事を如実に物語っています。より小さな火山灰は、これがさらに細かく砕かれたものです。

風化した部分(SEM)

図5 失われていく火山ガラス.
図5 失われていく火山ガラス.
飛び出ているのは鉱物(斑晶).
浅い皿状の凹面は気泡の一部ではなく,
風化でできたものである.
火砕流の地層上部(海老名市大谷),
写真の左右幅0.5mm.

 図4は典型的な風化した軽石のようすですが、図3とはまったくようすが違います。何かの卵のように見えるものは何でしょうか? よく見比べて下さい。実は図3と図4は雄型と雌型のような関係になっています。丸く見えるのは軽石の気泡の内面に沿ってできた薄い風化物(粘土)で、気泡と気泡の間にあった壁の部分はなくなっています。穴があいているものがあり、中は空洞になっている事がわかります。面白いことに風化のおかげで火山ガラスの気泡の形状が、かえって手に取るようにわかります。
  では、壁の部分がどのように失われていくのでしょうか? 図5のような発泡の悪い試料の方が見やすく、黒っぽく写っている表面を見ると大きな氷や雪の塊が融ける時と同じように多くの凹面を生じながら失われていくようすが見えます。板状に飛び出しているのは、風化に強い鉱物です。
  発泡の悪い火山ガラスが完全に消失した状態が図6です。割れていますが、気泡の内面にできた風化物は、何かがふ化した後の卵の殻のように見えます。
  図7は細長い火山灰粒子の中央部付近を拡大したものです。今度は鞘のようなものが見えますが、図4で見た卵のようなものもあります。これも気泡の内面にできた風化物が残ったもので、形状の違いは元あった気泡の形の違いです。気泡は表面張力で丸くなるものですが、マグマが流動する時に伸ばされることがあります。それが表面張力で復元する間もなく噴出されると、このような細長い気泡をもつ火山灰や軽石ができると考えられています。この写真では、風化物内側の粘土鉱物の表面構造が見えています(画面左端中程よりやや下)。
  これが更に伸びると図8のようになります。顕微鏡に設置するときに形がやや崩れたため、繊維状の細長い気泡がほぐれたような状態で写っています。血管の束のようにも見えます。無機質の火山灰や軽石が風化すると、何か生物起源的なものに見えるのが不思議です。
  マグマの発泡現象は、単純そうでなかなか奥の深い現象で、様々な研究が行われていますが、今回紹介したような風化物は、いわば「気泡の化石」であり、古い火山噴出物を調べるのに良い材料となります。

図8 風化した火山灰
図8 風化した火山灰.おもに繊維状に
伸びた気泡からなるが,小さな丸い気泡も
ある.火砕流の地層上部(座間市栗原),
写真の左右幅0.15mm.
図7 風化した火山灰
図7 風化した火山灰.大きな気泡は
伸びた状態であるが,小さな丸い気泡も
ある.火砕流の地層上部(海老名市大谷),
写真の左右幅0.15mm.
図6 卵の殻のように見える風化物
図6 卵の殻のように見える風化物.
背面は鉱物,平滑な手前の面も
鉱物が付着していた跡.鉱物にはさまれた
火山ガラスの気泡が残ったと考えられる.
火砕流の地層上部(大和市下鶴間),
写真の左右幅0.15mm.


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磯の付着生物に見られる生き残るための工夫

佐藤武宏(学芸員)
図 1 磯で観察された帯状分布構造.a:イワフジツボ(Chthamalus challengeri);
図 1 磯で観察された帯状分布構造.a:イワフジツボ(Chthamalus challengeri);
b:タマキビ(Littorina brevicula);c:ヒザラガイ(Acanthopleura japonica);
d:クロフジツボ(Tetraclita japonica);e:ケガキ(Saccostrea kegaki)・
ヤッコカンザシ(Pomatoleios kraussi);
f:イボニシ(Thais clavigera)・クロイソカイメン(Halichondria okadai).神奈川県真鶴町三石海岸.

身を守るために有利な性質とは?

 すべての生きものにとって、天敵(捕食者)から身を守ることは大変に重要なことです。それは、自らの命を守るという意義だけでなく、次世代をたくさん生産する可能性を高めるという意義を持っています。生き残るために有利な性質は様々ですが、そのどれもが価値あるものです。より有利な性質が競争によって個体群に定着することが、生きものの進化の原動力になってきたという考え方は、広く受け入れられています。

 ここでは、磯の生きものを例にとり、捕食者から身を守る能力に注目してみましょう。捕食者から身を守る能力、といっても、それにはいくつかの方法があります。

 第1に、積極的に捕食者に対抗する行動が挙げられます。素早く泳ぎ回ったり、捕食者が予測できないような複雑な動きをすることによって目をくらませたりする方法です。イカやタコの墨吐きや、アメフラシの紫汁分泌もこれに含まれるでしょう。捕食者が活動しない時間帯に活動することも効果があるかもしれません。

 第2に、攻撃されてもそれをかわすことができる形態を挙げることができます。二枚貝やエビのなかまには、厚く強固でまるで鎧のような殻を持つものが見られます。巻貝やカニ類は、長い棘や装飾によって殻を割られにくくしていたり、見かけの大きさを大きくして捕食者の目をあざむいています。がっちりと岩に付着したりする性質もこれに含まれます。擬態や保護色もこれに含めることができるでしょう。

 第3は、やや消極的な方法です。多くのエビやカニのなかま、ヒトデなどの棘皮動物は、捕食によって体の一部を失っても、その部分を再生することができます。一部の棘皮動物では、体のほぼ全体を失っても残りの全身を再生させたり、そうとう長期にわたって飲まず食わずで体を再生させたりする能力があることが報告されています。

 第4に、捕食者が生息しない場所に生息する、という生態が挙げられます。海底に巣穴を掘ってその奥深くに住むような生態がその代表的なものです。捕食者が活動しにくい潮間帯や潮上帯へ進出したものや、岩石や木材に穴を開けて住むようになったもの、海底洞窟や深海などに進出したものも見られます。

 実際には、すべての生きものがこのような性質を持っているとは限りません。また、ある生きものが持つ有利な性質は一つだけとは限らず、複数の有利な性質を同時に持つ生きものもたくさん見られます。

 そして、それぞれの性質はメリットとデメリットの双方を持ち合わせています。例えば、強固な殻は、捕食者に破壊されにくいというメリットを持っています。一方で、強固な殻をつくるためにはたくさんのエネルギーが必要です。強固にするために大きくなった殻は、かえって捕食者に対して目立ちやすくなってしまうというデメリットもあるかもしれません。

 さらに、生きものが投資できる「潜在的なエネルギー」には限りがありますから、ここで挙げた有利な性質をすべて合わせ持つことは現実には不可能です。それに加えて、付着することと移動することのように、お互いに共存できない性質同士や、早く逃げることと重い殻を持つことのように、お互いに拮抗関係にある性質同士を同時に持ち合わせることも不可能です。 そこで、生きものは、メリットとデメリットをどこで妥協するか、という問題と、「潜在的なエネルギー」をどこにどれだけ分配するか、という問題を、その種なりに解決し、さらにデメリットを補う様々な工夫をしているようなのです。

海水から離れたら?

図 2 クロフジツボ(Tetraclita japonica)
図 2 クロフジツボ(Tetraclita japonica).
神奈川県葉山町芝崎海岸.

 さて、実際に磯に行って、そこに生息する生きものについて、観察をしてみましょう。磯では海面からの高さにしたがって、様々な種が帯状に分布する「帯状分布構造」を観察することができます(図 1)。この帯状分布構造を構成する生きものには、付着性の種が多く含まれています。

 海面から離れた潮間帯や潮上帯は、海水中にすむ捕食者にとってアプローチしにくい場所です。そこで、これら磯の生きものは捕食の危険性から逃れるために、潮間帯や潮上帯に生活の場を求めた、と考えられています。それに加えて、目立たない地味な色をして、固着をしたり、付着をしたり、岩にぴったりとはりついて生活することによって、さらに捕食に対して効果の高い性質を身につけているのです。

セメント質を分泌して固着したら?

図 3 オオヘビガイ(Serpulorbis imbricatus)
図 3 オオヘビガイ(Serpulorbis imbricatus).芝崎海岸.

 固着する生きものとして最も良く目につくのは、クロフジツボ(図 2)などに代表されるフジツボのなかまです。岩に固着していて、固い殻を持っているので、貝のなかまだと誤解されていることが多いのですが、実際には甲殻類に分類され、しいていえばエビやカニに近いグループの生きものです。孵化をすると、エビやカニと共通の形質を持つノープリウス幼生の時期を経た後、特有のキプリス幼生という時期を経て、成体のかたちに変態し、固着生活を始めます。たとえ捕食の危険性が低い潮上帯に生活し、しかも固い殻を持つとはいえ、動き回ることなく一生をその場で過ごすということはずいぶん不便なように思われます。

 動かないフジツボは、餌の食べ方もエビやカニとは異なります。エビやカニでは歩くために使われる脚は、フジツボでは餌をとるために、植物のつるのようなかたちの脚に特殊化しています。そして、この器官で海水中の有機物などをこしとって、口に運んでいるのです。潮が満ちて冠水する時間帯だけが、フジツボにとっての食事の時間です。

 それだけではなく、繁殖のしかたも少し変わっています。エビやカニはオスとメスが向かい合って交尾をすることによって子どもをもうけるのですが、固着して生活するフジツボにとって、その方法は不可能です。そこで、フジツボは、交尾器を長く伸ばして隣の個体に差し込み、交尾を行う、という方法をとっています。そうすると、ある個体が交尾器を伸ばしていったその先の個体も同性だったら、という疑問がわいてくるでしょうが、そこは心配ご無用。フジツボは雌雄同体なので、必ず交尾ができるようになっているのです。こうやってできたフジツボの子どもは、一生のうちのわずかなプランクトンの期間に海中を浮遊し、着底の場所を選びます。この着底には、成体が分泌する物質に誘起されて起こると考えられています。成体がいる、ということは、少なくともその場所で大人まで成長する可能性があることと、成長後に交尾を行える可能性があることを示しているからなのです。そうして、繁殖に有利なように、フジツボ類は過密とも思えるほどの大群集を形成しているのです。

 次にオオヘビガイ(図 3)に注目してみましょう。一般的に巻貝のなかまは、非常に規則的な殻のつくりかたをしています(「自然科学のとびら」第5巻1号参照)。しかし、オオヘビガイは、殻の一部を岩に固着させるため、そのかたちは基質である岩のかたちによって変化します。そのため、個体によって微妙にかたちが違ったり、巻き具合が変わってきたりします。

 このオオヘビガイも餌の食べかたや、繁殖のしかたに特徴があります。オオヘビガイは粘液を分泌し、その粘液を海中に吹き流します。しばらくすると粘液にプランクトンや海水中の有機物などが付着しますので、オオヘビガイは粘液ごと回収して、餌にありつく、というわけなのです。

 巻貝類はオスとメスが交尾して繁殖するものが多く見られますが、オオヘビガイにとってそれはやはり困難です。かといって、フジツボほど大群集を形成していないので、フジツボのように交尾器を隣の個体に伸ばして交尾するという方法もとれません。過去の研究によると、オスが海水中に精子を入れたカプセルを放出し、メスはそれを粘液の吹き流しによって捕獲して体内に回収して受精させ、自らの殻の中に卵を産む、という報告がされています。

足糸を分泌して付着したら?

図 4 ムラサキイガイ(Mytilus gallopro-vincialis).
図 4 ムラサキイガイ(Mytilus gallopro-vincialis).
神奈川県藤沢市江の島.

 付着して生活する生きものとして有名なのは、地中海原産の移入種、ムラサキイガイ(図 4)でしょう。和名に関しては混乱していて、チレニアイガイとする見解もあります。市場ではムール貝の名前で知られている二枚貝です。ムラサキイガイは自ら足糸とよばれる繊維状のものを分泌し、岩などに付着しています。足糸を分泌することは、二枚貝類にはよく見られることなのですが、この足糸のコントロールがなかなか秀逸です。

 オウギガニ科やワタリガニ科のような磯に生息するカニの中には、足糸で付着している二枚貝を引きはがし、殻を破壊して軟体部を捕食する種類が存在します。ムラサキイガイなどイガイのなかまは、カニの匂いを感知すると、足糸を分泌して増強し、引きはがしに対抗することが知られています。一方、周囲の環境が悪化して、生息に適さないような状況になると、自ら足糸を切断し、移動することができるのです。

磯はパラダイスなのか?

図5 左:イボニシ (Thais clavigera) ;
図5 左:イボニシ (Thais clavigera) ;
右:レイシガイ (T. bronni).芝崎海岸.

 これらの例のように、磯の生きものたちは、捕食者に捕食される危険性が少ない環境に進出するため、多少の不便さと変化しやすい環境を克服する方法を身につけるようになったと考えられています。

 しかし、現在の磯には、イボニシやレイシガイのような、殻に穴を開けて中身を捕食するタイプの捕食者(図 5)も進出しています。さらに、潮が満ちてくるとわずかな水を頼りにカニ類やマダコ、捕食性の魚類などがやってくることもあります。海水から離れることは、鳥類など陸上の生きものの捕食に、新たにさらされることにもなりかねません。ときには人間によってその命を奪われることもあるでしょう。つまり、彼ら彼女らが生活の場を求めた磯は、必ずしも捕食者のいないパラダイスではなくなってしまっているのです。

 普段私たちが観察できる磯の環境は、思いのほか複雑で、厳しい競争が繰り広げられている場所です。そして、今日もどこかで、身を守るために新しい性質を身につけたり、生き残るための工夫をさらにより良いものに変えていっているような生きものがいるのかもしれません。また、こういった競争や、それに対抗する生きものの変化は、磯に限らず、その環境や構成する生きものの組み合わせに応じて、いろいろな場所でいろいろな生きものに起こっていることなのです。そして、こうした小さな変化の積み重ねによって、生きものは進化していくのです。

 

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展示シリーズ 16 「森の開拓者・霊長類」の食虫類

山口佳秀(学芸員)

「トガリネズミの方が小さいのでは」モグラ君の訴え

 先日、日直当番として行われる閉館後の館内巡視の時でした。生命展示室「森の開拓者・霊長類」の展示コーナーにさしかかると、何か声が聞こえてきました。声の方向に近づくと、それはドーム型の展示ケース内にいるモグラ君が私に向かって何か話しているのです。詳しく話を聞いてみると、内容はこんなことでした。「何でここにいるトガリネズミ君(図1)を無視するのですか。彼の方が3階にいるカヤネズミ君より体は小さいし、体重も少ないはずだ。彼の方が最も小さいネズミではないか。なぜ、彼に自己紹介をさせなかったのか」ということでした。 それは、展示シリーズ14 最小のネズミ「カヤネズミ」(「自然科学のとびら」第10巻4号参照)ということで、カヤネズミ君に自己紹介をお願いしたことに対するクレームでした。 そこで、私は、同じケース内にいるモグラ君、トガリネズミ君、ヒミズさんに対し君たちを無視した訳ではなく、ちょっとした誤解であることを説明することにしました。

図1 「森の開拓者・霊長類」のコーナーにいる<br>
図1 「森の開拓者・霊長類」のコーナーにいる
シントウトガリネズミ(Sorex shinto).

ネズミではないネズミ

 ねえ、君たちの顔と体を見回してごらん。小さな目、鼻の先が長くのびているだろう。ここを吻(ふん)と呼ぶのだけれど、長くて先が動くのが君たちの特徴なのだ。それと体毛も細くて短いビロウド状をしているよね。 それから、君たちの大好きな食べ物は何ですか? そうだね、君たちは昆虫類、クモ類、ミミズ類など動物を好んで食べているよね。このような特徴を持つ君たちの仲間を食虫類(モグラ目)というのだよ。ほら、隣の展示ケースにいるカワネズミさんとジャコウネズミさんを見てごらん。トガリネズミ君と同じくネズミという名前がついているけれども、吻は長く、目も小さく、ビロウド状の体毛をしているよね。それに、食べ物もカワネズミさんは、魚やサンショウウオなどを食べ、モグラ君とは少し好みが違うけれど動物食なのだよ。もう、わかっただろう。トガリネズミ君やカワネズミさん、ジャコウネズミさんには“ネズミ”という名前が付いているけれども、ネズミの仲間ではなく、実はモグラ君と同じ食虫類なのだ。 3階にいるカヤネズミ君は、齧歯類(ネズミ目)というグループで、リス、ムササビやアカネズミ、ヒメネズミなどと同じ仲間なのだ。この仲間の特徴は上あごと下あごに2本ずつある切歯(前歯)がノミ状に鋭く尖り、永久に伸び続けるため硬いモノを齧って歯を磨耗させなくていけないのだ(図2)。食べ物もクルミや栗などの大きな種子から植物の根茎部、樹皮など植物食が中心で、君たちとは好みも違うだろ。カヤネズミ君に自己紹介をお願いしたのは齧歯類の中でカヤネズミ君が世界最小のネズミだからだよ。わかったかい。

霊長類の祖先は原始的な食虫類

図2 カヤネズミ(齧歯類)の頭骨.
図2 カヤネズミ(齧歯類)の頭骨.

 そうそう、もう一つ確かめたいけど君たちはモグラの仲間ということを理解してもらったと思うが、なぜ、オランウータンやチンパンジー、マントヒヒ、スローロリスなど多くのサルさんに囲まれてそこに展示されているかわかっているよね。
  「森の開拓者・霊長類」の展示意図は…
豊かな森林を哺乳類として本格的に利用することが出来たのは、サルの仲間(霊長類)です。森林の枝や葉の茂っている樹上は、天敵となる動物や競争する動物の少ない世界です。霊長類の誕生は、今から5000万年前にさかのぼります。森の中で細々と暮らしていた原始的な食虫類(現在のモグラの仲間)から霊長類は生まれました。その祖先はさまざまな体の仕組みや生活のしかたを発達させ、たくさんの種類に分かれました。そして、森林からサバンナや砂漠へと生活の場を広げ、それぞれの環境に合わせた生活のしかたを身につけました。このような発展の中で人類の祖先も現れてきました。
  この展示では、人類の進化についての展示品はありませんが、実にさまざまな霊長類が進化、繁栄した様子を多くのサルの剥製とモグラ類の剥製によって展示構成しています。
  と、いうわけで、君たちは多くのサルさん達に囲まれて、遠い昔、君たちの仲間から霊長類が生まれたことをお客さんに理解してもらうために、そこに展示されているのだよ。

図3 トガリネズミ(食虫類)の頭骨.
図3 トガリネズミ(食虫類)の頭骨.

トガリネズミの紹介

 時間も余りないから、トガリネズミ君について簡単に紹介をしておくよ(図1,3)。
  君は平成2年5月12日、富士山の6合目付近の登山道で死んでいるところを拾われ、博物館に届けられました。剥製業者さんによって本剥製標本として生まれ変わり、開館以来そこで多くのお客さんに見ていただいているのです。
  君の仲間にはSorex shinto(ソレックス シントウ)という学名がついています。本州・四国・佐渡島の高山、山岳地の森林、低木林などの落葉層や腐植層に住んでいます。丹沢山塊にも君たちの仲間が生息しているのではないかと以前調査をしたことがありますが、いまだ神奈川県からは見つかっていません。
  見ての通り、体色は暗い赤褐色、目は小さく、耳介もわずかです。吻は長く突き出ています。頭胴長は6-7 cm、尾の長さ4-6 cm、体重は4-9 gとのことです。モグラ君の言う通り、カヤネズミ君よりトガリネズミ君のほうが小さいよね。
  あ、いけない。もう帰る時間になってしまうよ。早く見回りを終わらせなくてはいけない。トガリネズミ君以外の紹介は近いうちにお願いするから、その時はよろしくね。


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ライブラリー通信 カーチスの植物雑誌

篠崎敏子(司書)

 4月29日から1ヶ月間、収蔵資料展にライブラリーも参加しました。普段は書庫の中にあってあまり人目に触れない貴重な図書を、この機会に一般の人に紹介できればと思ったからです。Curtis’s Botanical Magazine(カーチスの植物雑誌)も古いものと新しいものを並べて展示し紹介しました。

 Curtis’s Botanical Magazineについては、すでに木場学芸員が詳しく説明しています(「自然科学のとびら」第2巻2号参照)ので、ここでは簡単に紹介します。

 Curtis’s Botanical Magazineは、今から200年以上も前の1787年にイギリスで、庭園や温室で咲く外国の植物を紹介する目的で、カーチスによって創刊されました。創刊された1787年は、あと2年でフランス革命勃発という不穏な空気に満ちた時代です。イギリスはアメリカ独立戦争に敗北してアメリカの植民地を失いましたが、産業革命が進行していち早く近代化を進めていた頃です。1815年には革命後台頭してきたナポレオンをワーテルローの戦いで破っています。

 そんな時代に創刊された雑誌が今、目の前にあって見ることができるという幸運! 植物の絵は版画の上に手で着色されていますが、200年たった今でも色あせることなく私たちの目を楽しませてくれます。この雑誌をさらに200年後の人たちに今と同じ状態のまま見ることができるように、細心の注意を払って保存していくこと。この使命に司書としては身の引き締まる思いです。

 ライブラリーでは1787年創刊号から1983年に発行された184巻までを所蔵しています。1994年以降の新しい号も購入しているので、途中の10年程を除けば創刊以来の雑誌を所蔵していることになります。


ポスター・とびらデザイン人気投票

樽 創(学芸員)
図1 特別展ポスター「オオカミとその仲間たち」.
図1 特別展ポスター
「オオカミとその仲間たち」.

 博物館では、今年の3月に10周年をむかえるにあたって、これまでに開催された特別展のポスターと、「自然科学のとびら」(以下とびら)の表紙を飾ってきた写真のデザイン人気投票を行いました。期間は2月23日から3月16日までで、この間に投票頂いた総数はポスターに対しては65票、とびらに対しては47票でした。総数は少なかったのですが、ちょっと興味深い傾向があったので、結果と併せて紹介します。

 結果は、特別展ポスターでは、1998年の夏に開催された「オオカミとその仲間たち」(図1)が第1位、2位は2002年冬に開催された「ザ・シャーク」(図2)、第3位は2002年夏に開催された「人と大地と」(図3)でした。一方、とびらの表紙写真は、第1巻3号の木場学芸員がネパールへ調査に行った際に撮影したメコノプシス・ホリデュラ(Meconopsis horridula )(図4)が第1位、第6巻2号の当館哺乳類ボランティアの頭本さんが撮影された博物館近くに住んでいるニホンザル(図5)と第8巻2号の山下学芸員が撮影したダイヤモンド(図6)が同数2位でした。

図3 特別展ポスター「人と大地と」
図3 特別展ポスター「人と大地と」.
図2 特別展ポスター「ザ・シャーク」.
図2 特別展ポスター「ザ・シャーク」.

 さて、実はポスターの第1・2位は、いずれもプロのイラストレーターの方に描いて頂いたものです。この2つの得票差は1票で、第3位の約2倍の得票数でした。プロの方が描いたもののほうが、優れたデザインということを如実に表していると思います。欧米の博物館では職員としてデザイナーがいるところがあり、ポスターなどの印刷物や展示のデザインを行っているそうです。日本の博物館では、ある企画に対してデザイナーが関わることはありますが、博物館に職員として所属していることはありません。しかし、今回のポスターの人気投票の結果を見ると、博物館の活動にデザイナーが関わることが重要な意味を持つように感じます。

 とびらの人気投票でちょっと不思議なのが、同数2位のダイヤモンドです。1位の写真が鮮やかな花、同じ2位がほほえましいニホンザルの親子なのに対し、単調な デザインの割に人気が高かったのは、ダイヤモンドを扱ったからでしょうか? この写真にデザイナーが関わっていたら、単独1位になっていたかもしれません。

図4 自然科学のとびら第1巻3号表紙写真「メコノプシス・ホリデュラ」.
図4 自然科学のとびら第1巻3号表紙写真「メコノプシス・ホリデュラ」.
図5 自然科学のとびら第6巻2号表紙写真「ニホンザルの新生児」.
図5 自然科学のとびら第6巻2号表紙写真「ニホンザルの新生児」.
図6 自然科学のとびら第8巻2号表紙写真「カリナンダイヤモンド(複製)」.
図6 自然科学のとびら第8巻2号表紙写真「カリナンダイヤモンド(複製)」.
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