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2000年6月15日発行 年4回発行 第6巻 第2号 通巻第21号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  June,2000


今号の目次


ニホンザルの新生児 Macaca fuscata

広谷浩子(学芸員)


頭本昭夫(当館哺乳類ボランティア)撮影(1999年7月)


生後1ヶ月のニホンザルの赤ちゃんです。毎年、4月から6月ごろがニホンザルの出産シーズンです。博物館の近くにすんでいる群れでも、次々と赤ちゃんが生まれています。生まれたばかりのニホンザルは顔が赤く、耳が大きく、お母さんたちにくらべ毛の色が黒っぽいので、遠くからでもよくわかります。生後1ヶ月ぐらいはお母さんがしっかりと胸に抱いて守ってくれます。赤ちゃんもお母さんのお腹にしっかりとつかまったまま、どこまでも運ばれていきます。1ヶ月を過ぎると、ひとりで動きまわるようになりますが、まだまだあぶなっかしい感じです。

初夏になって、群れは食べ物をもとめ、以前よりも活発に歩き回るようになりました。新芽や花や果実がたくさんあって、サルの食卓も豊かです。

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霊長類の行動と進化

長谷川眞理子(早稲田大学教授)

はじめに

人間とはどんな生き物なのでしょうか? 人間は脳が大きく、いろいろなことを考え、自分たちを取り巻く環境を自分たちに都合のよいようにどんどん改変しながら、こんなにも地上に繁栄するようになりました。かつて、自らの存在によって、これほど広範囲に地球表面を変化させた生き物はいませんでしたし、これほど多くのエネルギーをたった一つの種で使っている生き物もいません。こんな、「奇妙な」生き物である人間は、どんな背景から出現したのでしょうか?人間は動物であり、その中でも哺乳類に属しています。また、人間は、哺乳類の中では霊長類という生物群に属しています。霊長類とは、簡単に言えばサルの仲間です。

哺乳類のさまざまな分類群における、体重と脳重の関係(グラフ)
図1
哺乳類のさまざまな分類群における、体重と脳重の関係
P:霊長類 C:食肉目
D:クジラ目 S:アザラシ
U:有蹄類 E:貧歯目
L:ウサギ目 M:有袋類
R:げっ歯目 I:食虫目
B:翼手目

脳の大きさを比べる

人間は脳が大きいのが特徴ですが、この特徴は、ヒト以外の霊長類の仲間にも一般にあてはまります。哺乳類の中には、シカの仲間のような偶蹄目、ライオンのような食肉目、ネズミのようなげっ歯目など、いろいろな動物がいますが、これらの動物たちに比べて霊長類は、一般に脳が大きいのです。

脳が本当にどれほど大きいかを調べるには、からだ全体の大きさで補正しておかねばなりません。からだが大きければ、脳も当然大きくなるので、たとえば、ゾウの脳の方がネズミの脳より大きくても当たり前です。そこで、横軸に体重をとり、縦軸に脳の大きさをとって、双方を対数にしてグラフを書いてみます。すると、体重が大きいほど脳が大きくなり、このグラフがおよそ直線になることがわかります。

しかし、図1に示すように、偶蹄目、食肉目、霊長目を比べてみると、霊長目は、他の哺乳類よりも、同じ体重で比べても大きな脳を持っていることがわかります。つまり、ヒトは、自分たちと近縁な仲間たちが比較的脳が小さいにもかかわらず、ヒトだけ突然に脳が大きくなったのではなく、ヒトが属している霊長類という動物たち全体が、そもそも、他の哺乳類に比べて脳が大きい動物たちなのだということになります。したがって、霊長類の脳は、人間の脳がなぜこんなに大きいのか、人間の脳はなにを考えるために進化してきたのかということを考える鍵であると言えるでしょう。

霊長類の大きな脳

では、霊長類はなぜ脳が大きいのでしょうか? 脳が大きければいろいろな問題解決が上手にできるだろうから、当然有利なはずで、脳が大きくなるのは当たり前ではないか、と考えられるかもしれません。しかし、どんな動物もみんな脳が大きくなったわけではありません。それは、大きな脳を持つことには、それなりにコストがかかるからです。脳を維持するには、他の器官よりもたくさんのエネルギーが必要です。

それは、脳内の神経細胞を、つねに働く状態に保っておくためです。ぼーっとしていても、何かが飛んできたらすぐに頭を引っ込めるでしょう。そういうことができるためには、たとえしっかり働いていなくても、神経細胞がつねにスタンバイの状態になっていないといけません。そのため、大きな脳を持つほどに大量のエネルギーが必要となります。

そこで、うまく暮らしていくためにミニマムな脳があればそれで十分なので、それ以上のエネルギーを脳にまわすと、生活の他の面でマイナスの効果が現れます。脳が大きければ大きいほどよい、というわけではないのです。脳が大きくなるには、そのコストを上回る重要な理由がなければなりません。

大きな脳があると、いろいろな問題を解決できます。では、どんな問題を解決することが重要なのでしょうか? かつて、ヒトの脳がなぜ大きくなったのかということだけに注目し、それは、道具を使うからだ、言葉を話すからだ、などといろいろ憶測されたことがありました。しかし、霊長類の多くは道具を使いませんし、人間以外は誰も言葉を話しません。それでも霊長類は脳が大きいのですから、霊長類の生活に特有な何らかの問題解決が、脳を大きくさせる原動力であったと考えるべきでしょう。

そこで注目するべきなのは、ほとんどの霊長類は社会生活をするということです。

チンパンジーの集団
図2
チンパンジーの集団
毛づくろいを通して、互いに密接な社会関係を保っている

脳の発達は社会生活と深く関わる

群れを作る動物はたくさんいますが、霊長類の群れは、有蹄類などの集団とは少し違います。霊長類の群れは、それぞれが互いをしっかり個体識別し、誰が誰の子であるかなどの血縁の認識もあり、メンバーがかなり長期にわたって互いに関係を維持して暮らしています。ほとんどの種では、雌は、生まれた群れに一生のあいだとどまります。つまり、祖母、母、娘、姉妹、おば、姪などは、一生同じ群れに一緒に住んでつきあいを続けることになります。このような種では、雄の子どもは、性成熟前に自分の生まれた群れを去り、どこかほかの地域へ移動します。そして、最終的にはどこかの群れに加入します。

霊長類の社会には、たいていの場合、個体間に社会的な順位があります。多くの場合、個体の順位はその血縁者にまで拡張され、ある個体Aが他の個体Bよりも順位が高い場合には、Aの子どもたちもBの子どもたちよりも順位が高くなります。しかし、順位は、黙っていても保たれるわけではありません。順位が下の方の個体は、チャンスがあれば順位を上昇させようとねらっています。順位を維持したり、また上昇させたりするには、血縁者や友達との間の連合関係が重要です。

このような社会で暮らしていくためには、それぞれのメンバーの関係について、たくさんのことを知っていなければなりません。誰が誰よりも順位が上か下かばかりでなく、誰と誰は仲が良い、誰と誰は仲が悪い、ということも重要です。なぜなら、ある個体Aを攻撃したならば、それと仲の良いBが助けに応援にかけつけてくるかもしれないからです。

こんな社会生活をするためには、たくさんの情報処理をせねばならないでしょう。

それは、単独生活や、複雑な社会構造を持たない集合で暮らしているのとは大違いです。この社会生活の複雑さこそが、霊長類の脳を大きなものにした原動力ではなかったかと考えられています。このように、互いの社会関係を理解するための知能を、社会的知能と呼びます。これは、いかにして道具を作ったり使ったりするかという知能や、何が食べられるもので何が食べられないか、何は怖い動物かなどを理解する知能とは、別の種類の知能だと考えられています。前者を技術的知能、後者を博物的知能と呼びます。そうすると、私たち人間を含む霊長類の知能は、他の哺乳類に比べて格段に社会的知能が高いということになります。

社会関係を操作する

事実、霊長類は、このような複雑な社会関係を理解しているばかりでなく、社会関係を操作することもします。あるヒヒの子どもがとった行動を紹介しましょう。順位の低い、メルという名前のおとなの雌が、栄養のある根茎(こんけい)を固い地面から掘り出しています。それを見ていたポールという子どもが、突然、大声で泣き始めました。ポールの母親は、メルよりも順位が上です。子どもの泣き声を聞きつけた母親が振り向くと、ポールのそばにはメルがいます。母親は、「メルがポールをいじめたのだと思い」、怒って駆けつけ、メルを追い払います。メルは、突然、ポールの母親から攻撃され、せっかくの根茎を放り出して逃げていきます。そこでポールは、メルが掘り出した根茎をゆうゆうと食べます。

このポールという子どもは、いじめられたのでもないのに、なぜ大声で泣いたのでしょうか? それは、そうすれば、自分の母親が駆けつけるだろう、そこでメルを見れば、母親はメルが自分の子どもをいじめたのだと思うだろう、自分の母親に攻撃されれば、メルは逃げていくだろう、そうすれば、自分は根茎を食べることができるだろう、という一連の推論をしたからだと考えられます。つまり、ポールは、他者の行動を読んで母親を騙したのです。もちろん、ヒヒに言語はありませんから、言語で推論したのではないでしょうが、このような認識があるに違いないということです。

この話が一つだけでは、あまり説得力がないかもしれません。しかし、霊長類の社会行動を観察していると、このような例がいくつも見られます。とくに、ヒヒやニホンザルなど、大きな集団を作るサル類やチンパンジーなどの類人猿では、かなり複雑な社会的操作が見られます。

私が自分で経験した、チンパンジーの騙し行動を紹介しましょう。野生チンパンジーの観察をしていた、ある日のことです。CとGという仲の良い2頭の雌が私の近くにいました。私はバナナを持っていたのですが、この2頭はそれを知っていて、2頭とも、バナナを手に入れようとねらっていました。私が見ていると、Cが奇妙なことをしました。目の前に生えていた花の咲いた草をちぎって、突然、それをGの鼻の先に差し出したのです。当然ながら、Gは、差し出された花に注意を向けました。その瞬間、Cは、さっと私に近づいて、バナナを取ろうとしたのです。

Cは、Gもバナナが欲しいことをもちろん知っていました。そして、Gの鼻先に花を差し出せば、Gはそれに注意を取られるだろう、その間に自分がバナナをとれるだろう、と推論したに違いありません。

こういう「騙し」があると、今度は、どれが騙しでどれが正直な行動かと、相手の意図を見て取らねばならなくなり、問題はますます複雑になります。このような社会的な知能が、霊長類という種類全体がそもそも大きな脳を持つようになった原動力だったのでしょう。人間は、その延長線上にありますから、人間でも、社会的な知能が、知能の中でも中心的な役割を果たしていると考えられます。

たとえば、人間の脳には、「心の理論」と呼ばれる働きがあります。これは、自分自身の心の状態を参照にして、いろいろな手がかりから他人の心の状態を類推する働きをさします。他人の心は、手に取って見ることはできません。他人の心を理解するには、的確な推測が必要です。それには、人の行動を起こさせるもとには、感情があること、感情は顔面表情と一定の関係を持っていること、他人の興味はその人の視線の方向に向いていること、他人の知っていることと自分の知っていることにはギャップがあるかもしれないと知ることなど、多くの要素が含まれています。このような、考えてみれば複雑な事柄を、人間の子どもは、2歳から7歳ぐらいまでの間に急速に発達させていきます。先に述べたように、サルやチンパンジーも他人の心を類推していますが、人間と同じような「心の理論」を働かせているかどうかは、疑問です。

社会的知能の重要性

これまで、知能と言えば、数学ができたり難しい問題を解けたりすることだと考えられがちでした。しかし、人間の大きな脳は、相対性理論を考えたりするために進化してきたのではありません。進化の歴史の中で、私たちを含む霊長類という動物にとってもっとも重要だったのは、仲間の心を理解し、社会関係をうまく保つという問題だったのです。ほかの種類の問題解決ももちろん大切ですが、社会的知能こそが私たちの大きな脳の基盤であるということは、理解しておくべきでしょう。

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博物館における新しい科学教育の可能性を求めて

小出良幸(学芸員)

はじめに

現在の教育について、多くの識者が、不満を述べたり、改善を要求したり、問題を指摘したりしています。その多くはもっともなものでしょうが、このような議論で一番重要なことは、不満解消策や改善策、実践的解決策を示すことではないでしょうか。

博物館では、教育も重要な目的となっています。一人一人の学芸員は、それぞれの問題意識もって教育をおこなっています。著者はここ数年、教育とその周辺状況を詳しく検討し、科学教育の問題点を整理し、それを解決するための方法論を考え、実践的実証実験をおこなっています。ここでは、実践的科学教育のひとつ、Club Geoについて紹介します。

自然史学と教育

自然史博物館でおこなわれている科学は、自然史学(Natural History)です。ここでいう自然史学とは、かつての博物学とは一線を画したもので、近年多くの研究者からその必要性が指摘されているものです。従来の博物学が記載を中心とした学問であるのに対し、自然史学とは記載だけでなくより総合的で学際的な学問体系を目指すものです。

今までの科学観は、ある事象を追求すれば原因にたどり着くという信念に基づいています(今も多くの研究者はこのような信念のもとに研究を続けています)。要素還元主義的科学観と呼ばれるもので、デカルト以来、ニュートンやダーウィン、アインシュタインなど傑出した科学者もこの手法で成功を収めてきました。

20世紀にはいって量子力学や生態学、複雑系、システム工学など多くの分野で、要素還元主義的科学の行き詰まりが現れてきました。これを解消するために、総合的・学際的学問の必要性が認識されるに至ったのです。ひとつの目指すべき方向は、自然をありのままに(地域や実物、自然現象などの記載)、さまざまな視点で捕らえ(学際的視点や研究)、より高次の規則性や原理、法則を見出そう(総合的視点や研究)というものです。このような科学観を持った科学を自然史学と呼んでいます。

自然史学を実践する場として、博物館は非常に重要な拠点となるはずです。それは、長い実績と経験、そしてなによりも実物資料の蓄積があるからです。博物館での自然史学には、純粋学問としての側面と、博物館の機能として不可欠である科学教育の実践をすべき宿命があります。多くの実物コンテンツとその背景にある自然史学的ドキュメントが説得力のある教材となりうることは、博物館の今までの実践と経験で明らかです。自然史学をより汎用性のある学問とするには、教育的側面も充実すべきです。

専門家養成教育:Club Geo

自然史学とその実践的教育をおこなうために、学校教育で一番欠けている自然史学的視点と長期間の教育実践をおこなえば良いと考えました。

自然史学的視点とは、前述の自然史学的科学観に基づく自然や実物の見方です。学校教育でどんなに児童・生徒と教師がいい関係が成立しても、担任が変わったり、卒業したりすると、その師弟関係は薄れてしまいます。その点、博物館とその行事参加者との関係は、師弟関係は薄いかもしれませんが、参加者の興味が続く限り長期間にわたって、行事や実物、自然を通じて結ぶことができます。長期間の教育実践とは、このような関係を長期間にわたってより充実しようというものです。

著者がとった実験的実践方法は、地学に興味を持っている児童・学生に、10年かかってもいいから、自然史教育を続けることです。本人たちの興味が続く限り、専門家レベルの知識と技術の習得を目指します。

1999年12月に、4名のクラブ員と3名の学芸員でClub Geo(地学クラブのカッコ良くしたもの)を結成しました。Club Geoは、小学生5年生、中学2年生、大学1年生(現在休部中、大学の地球科学の道へ進んだ)、大学3年生(クラブの番頭さん)という構成です。Club Geoはおいおい人数を増やしていく予定ですが、少しこの状態で経験を積み重ねようと考えています。

学芸員とクラブ員の負担のないように、研究目的の野外調査にクラブ員が同行します。現場では専門的な野外調査をしながら、クラブ員には詳しい説明をおこないます。しかし、一番の目的は、野外調査です。室内作業では、基礎的な技術の習得として、薄片製作、偏光顕微鏡での写真撮影、そしてまとめとして本調査に関するホームページ作成をおこなっています。いい資料、いい薄片、いい写真があれば、学会誌に投稿予定の論文に採用する予定です。そのほかに、観察会や展示換えの手伝いなどボランティアとしての作業もおこなっています。現在は研究協力者あるいはボランティアですが、将来は共同研究者になってもらえれば、理想です。4月までの約半年で、Club Geoは13回の活動をおこないました。

保護者との交流によって理解を得て、宿泊調査や他地域の地学クラブとの交流をおこなうことも可能となってきました。6月には1泊2日の伊豆半島の火山地質調査、7月には2泊3日の愛媛県城川町立地質館の地学クラブ(奥伊予地球探検隊)の交流と地質調査を予定しています。このような活動は始まったばかりですが、今のところ十分な手応えがあります。

湘南平の野外調査風景

写真1 湘南平の野外調査風景

岩石薄片作成中

写真2 岩石薄片作成中

さいごに:新しい科学教育を目指して

自然史学は、対象を自然としているため、素材が多様で学問領域は多岐にわたります。自然史学の充実には、多くの知性と時間を必要とするでしょう。しかし、その成果は、人類の貴重な知的資産となるはずです。博物館での自然史学の教育を充実することによって、次世代の自然史学研究者がうまれ、彼らは、更なる自然史学の発展を導くでしょう。

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展示シリーズ2 ストロマトライト―酸素大発生の謎を解く石―

平田大二(学芸員)

丸い模様の奇妙な岩

当館の地球展示室にある巨大な岩石壁のなかに、岩の表面が丸い模様の集まりとなっている奇妙なものがあります(写真1)。それがストロマトライトです。

展示されているストロマトライトは3種類あります。巨大な岩石壁と、その前に置かれた大型標本(写真2)は、カナダ北部にあるグレートスレーブ湖にうかぶ島(写真3)で採集された19億年前のものです。石を切って磨き上げた研磨面では、灰色の細かい縞模様の様子がよくわかります。

研磨面が真っ黒で、ドーム状の縞模様がみられる大型標本(写真4)は、西オーストラリア・ピルバラ地方の約27億年前の地層に産したものです。

そして、アクリルケースのなかに小さな球状のものが集まりマッシュルームのよう形をしたものがあります(写真5)。これは西オーストラリア・シャーク湾のハメリンプールという場所(写真6)で、現在の海でできているものです。

ストロマトライトってなんだ?

ストロマトライト(stromatolite)という名前は、1908年にE.カルコウスキーが、ギリシャ語でベッドカバーを意味するstromaと、岩石という意味のlithという言葉を合成してつけたもので、「ベットカバーによく似た岩石」という意味です。

ストロマトライトは、世界の先カンブリア時代(約6億年より前)の地層に多くみられる石灰質の岩石ですが6億年前よりも新しい時代の地層にもみられことがあります。その形はさまざまで、水平のマット状のものから、何枚もの薄い層が重なったドーム状構造のものや、枝分かれした柱状のものまであります。現在の海では、西オーストラリアのハメリンプールのほか、フロリダ半島やバハマ諸島、バミューダ島、ペルシア湾岸などに知られています。

生命がつくった石

長い間、ストロマトライトがどのような場所で、どのようにしてできたのか、わからないままでした。1960年代になって、ハメリンプールで現在のストロマトライトが発見され、その実態が明らかにされました。

現在のストロマトライトは、シアノバクテリアという微生物の活動によって作られていることがわかりました。シアノバクテリアは光合成によって酸素を発生する原核生物です。以前は藍色をした植物(藻類)の仲間のラン藻と考えられていました。しかし、バクテリアと共通の性格を多く持つことから、最近では藍色細菌あるいはシアノバクテリアと呼ばれています。

シアノバクテリアは代謝によって粘液を分泌します。この粘液に海中を浮遊している微粒子などが付着して次々と成長し、石化したものがストロマトライトです。ストロマトライトの形や内部構造は、シアノバクテリアの代謝作用やそれらの成長の形式、また生息している深度や乾燥度、堆積物の供給速度、海水の塩分濃度や温度、流速などの環境条件によって変わります。

ストロマトライトの内部にみられる縞状の構造は、シアノバクテリアが成長した過程と考えられ、これらの構造には日周期、月周期、季節ストーム(嵐)周期、年周期など、地球のリズムが記録されているのではないか?とも期待されています。

生命が地球環境を変えた

現在のストロマトライトの研究結果から、地質時代のストロマトライトもシアノバクテリアがつくったものであると考えられるようになりました。

シアノバクテリアは光合成を行い、酸素を放出します。最古のストロマトライトは約27億年前のものですから、酸素が海水中に放出され始めたのは、それ以降のことでしょう。酸素はやがて大気中にも含まれるようになっていきました。先カンブリア時代の地層に見られる大量のストロマトライトは、巨大な酸素発生装置の証拠です。太古の生命の活動は、地球表層の環境を大きく変え、さらには生命自身の進化にも大きな影響を与えました。

主な参考資料

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神奈川の自然シリーズ14 今、小田原のメダカが危ない―善意?の放流と遺伝子汚染

瀬能 宏(学芸員)
図1
酒匂川水系および近隣河川におけるメダカの自然分布地点(○)と放流地点(☆)

1999年2月に環境庁が公表したレッドリストにおいて、メダカは絶滅危惧II類(絶滅の危険が増大している種)にランクされたことは記憶に新しいことでしょう。しかし、神奈川県では、すでに神奈川県レッドデータ生物調査報告書(1995年)によって危惧種F(現在の生息条件または生息環境の悪化が継続して作用すれば、近い将来絶滅種に移行する恐れがある種)にランクされており、たいへん厳しい状況におかれています。事実、県内のメダカの自生地は酒匂川水系のごく一部に限られ、正に風前の灯火です。

メダカがこんなにまで減ってしまった原因は、生息環境の消失あるいは破壊に他なりません。従って、最後に残された自生地の環境保全は当然最優先で行われる必要があります。しかし一方で、今、小田原のメダカは目に見えない深刻な危機に直面しています。長い時間の中で培われてきた地域個体群の特性が、遺伝子汚染によって損なわれる可能性が増大しているのです。

淡水魚は陸上や海を移動することができないので、例え同一種であっても水系ごとに遺伝的分化が進んでいることが普通です。メダカについても例外ではなく、国内だけでも北日本集団と南日本集団に大別され、後者はさらに9地域集団に細分されています。小田原のメダカは南日本集団の中の東日本型に分類され、さらに関東地方の中でもあまり一般的ではない遺伝子組成を持つことがこれまでの研究からわかっています。

もし、ある地域のメダカの自生地に、その地域とはまったく異なる遺伝子を持つメダカを放流するとどうなるでしょう。遺伝的分化が進んでいるとは言っても生殖的に隔離されるほどではないので、お互いに自由に交配し、その地域の独自性は失われてしまいます。これが遺伝子汚染と呼ばれる現象です。洪水のような自然現象によってふたつの地域間の個体が交配する場合は遺伝子汚染とは言いません。あくまで人為的な要因によて引き起こされる場合に限られます。遺伝子汚染が恐いのは、それ自体が目に見えないこと、そして一度汚染されたものを元に戻すことはまず不可能であることです。

筆者が知る限り、これまでに酒匂川水系と隣接する河川でメダカが放流された場所は7箇所あります(図1、A〜G)。これらの中には、遺伝子汚染を引き起こす可能性のあるヒメダカ(図2)や素性のはっきりしないメダカが放流された場所が4箇所含まれています(図1、A、C、E、G)。特に問題となるのは自生地のある酒匂川に直接流入する水域に放流されたケースです(図1、A)。幸いなことに、現時点では遺伝子汚染が起こったという事実は確認されていません。しかし、汚染源となるヒメダカや素性不明のメダカが完全に取り除かれたわけではありません。例え汚染源を取り除いたとしても、なぜそのようなメダカを放流してはいけないのかということが理解されない限り、再び放流される可能性が非常に大きいのです。もし、現実に遺伝子汚染が起こってしまったらどうなるでしょうか?市民が中心になって盛り上がりを見せている保護・保全活動に水を差すだけでなく、希少性や固有性を重視する保護行政にも深刻な影響を与えることは間違いありません。

遺伝子汚染の問題で特に重要なことは、放流が人の善意によって行われているという事実です。善意による放流は正当化され、美談としてマスコミ等で取り上げられることが多く、それがさらに放流を助長させるという悪循環を生んでいるのです。遺伝的背景を考慮しない放流は生命倫理に反する犯罪的行為であるという認識を持つ必要があるでしょう。善意が結果的に悪行になってしまっては何もなりません。

また、これは遺伝子汚染以前の問題ですが、放流の際には放流地の生息環境をよく調べて、メダカが生息できる状態に環境を復元する必要があります。メダカがいない所にはいないなりの理由があるのであって、それを取り除かない限り放流は無駄になります。よく何年にもわたって放流し続ける行為がやはり美談として紹介されていますが、科学的な裏付けもなく放流しているのであれば、それはメダカの大量虐殺に他なりません。放流するにしろ、環境復元をするにしろ、メダカ以外の生物への影響も十分に配慮する必要があるのは当然です。

メダカの地域特性を尊重することは、純血主義などでは決してなく、「ありのままの自然=長い時間の中で培われてきた進化の産物」を大切にする考え方を深め、ひいては人と自然の真の共生の実現につながることを知って欲しいと思います。

図2
遺伝子汚染源となるヒメダカ.KPM-NI 6673.南足柄市産

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ライブラリー通信 自然誌と自然史 その2

内田 潔(司書)

Natural Historyの訳語として当初、博物誌・博物学とあてられていたものが、次第に「自然誌」「自然史」と訳されるようになり、今では自然関係の図書のタイトル中に数多く見受けられるようになってきたことを前号でお話ししました。

この「自然誌」「自然史」ということばはいつ頃成立したのでしょうか。前号で、「自然史」は戦後ではないかという鶴田総一郎氏の意見をご紹介しました(『自然科学と博物館』国立科学博物館 Vol.41 No.4 1974)。本当にそうなのでしょうか。そこでタイトルとして使われ始めた時期をネット検索してみました。すると、「自然誌」「自然史」を含む書名をもつ図書は、概ね1970年代に入ってから散見されるようになり、1980年代になると急激に増加してこの20年間で、それぞれ150点以上もの図書に使われていることがわかりました。検索した範囲で最も古いものでは、「自然誌」が1952年に刊行された『房総の自然誌』(古今書院)で、「自然史」の方は更に古く1923年に『人類自然史』(内外出版社)というタイトルで出版されています。この検索結果から「自然史」は少なくとも大正時代末に、「自然誌」の方は昭和20年代末にはタイトルに用いられていたことが分かりました。

Natural Historyの本来の語義からすればHistoryは<物語><叙述>であるからしてHistoryを<歴史>とみる「自然史」という訳語を与えるのは不適当だという駒井卓氏らの主張(『自然科学と博物館』国立科学博物館 Vol.35 No.1-2 1968)などから「自然誌」の方が「自然史」に先行して成立していたものと勝手に思い込んでいたのですが、実際は逆だったのかもしれません。速断は避けねばなりませんが、Natural Historyの訳語としてそれまで博物誌・博物学とあてられていたのが、ある頃から文字通り「自然史」という訳語があてられることが目立ってきた。そこで博物学の事情に精通した研究者からは、本来の語義からすると「自然史」ではおかしいのではないか。それを言うならむしろ「自然誌」ではないのかと異論が出た。出たけれども、いったん「自然史」として成立すると、それは単に自然の記述を意味するとされる「自然誌」よりも、自然を時間的推移、歴史的視点からとらえた時には「自然史」の方がより正確にその内容を表現できるとして受け入れられるようになったと考えられないでしょうか。

このNatural Historyは「自然誌」なのか、それとも「自然史」なのかという問題は現在でも議論されています。前千葉県立中央博物館長の沼田真氏は、Natural Historyは本来の語義からして自然誌とすべきと主張されています。(『自然保護という思想』岩波書店 1995) 一方、糸魚川淳二氏は、自然それ自体が地史的時間の経過の中で成立してきたものであることを考えれば自然史の方が自然誌よりふさわしいとしてしています(『自然史学のこれからと博物館』月刊地球 Vol.13 No.11 1991)。

同じNatural Historyの訳語として生まれた「自然誌」「自然史」ですが、現在ではその意味するところはかなり違ってきていると見なければならないようです。由来からすれば、Natural Historyの訳語としては「自然誌」がふさわしいかもしれません。ただ、Natural History自体が近代以降の時間を軸とした進化思想の波の中で自然史的傾向を強めてきたことも事実でしょうし、その意味では「自然史」の登場は当然であったのかもしれません。

「自然誌」「自然史」を冠した図書の出版点数が80年代以降増大したのは、自然に対する関心の高まり、ことに近年の自然保護・保全の意識の広がりがその要因としてあげられるでしょう。実際に多用されていることばでありながら、「自然史」は一部の国語辞典にしか収録されず、「自然誌」に至ってはほとんど無視されています。この辺りで「自然誌」「自然史」の語義・用法の定義をして、これらのことばに正当な評価を与える必要があるのではないでしょうか。

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資料紹介 ゾウの歯〜標本の身上調査は慎重に〜

樽 創(学芸員)

博物館にはたくさんの標本があります。当館では約45万点の標本があります(正確には数えられませんが…)。これらの標本には、必ず「ラベル」が付いています。ラベルには「どこで採集した」「いつ採集した」「誰が採集した」など、標本に関連する情報が記録されていて、ラベルがないと標本の価値は半分以下になると言っても良いでしょう。しかしこのようなラベル情報は、学芸員自らが採集してきた標本に関しては正確と言えますが、外部から持ち込まれたものにはたまにあやふやな場合があり、混乱を招くことがあります。そんな例をちょっと紹介しましょう。

99年の初頭、宮崎県総合博物館の学芸員伊東嘉宏さんから、宮崎県内の縄文時代の遺跡から象の歯が見つかったという電話がありました。これまで縄文時代に日本にゾウが生息していた、という確かな記録は知りません。この情報に非常に興味がわき、伊東さんにお願いして標本を送ってもらうとともに、詳しい状況について情報の収集をお願いしました。何というゾウの歯だろうか? もし、縄文時代にゾウが生息していたとして、どんな種類のゾウだろうか? 絶滅種だろうか、それとも現生種だろうか? そんなことを考えながら標本が到着するのを待ちました。

ここでちょっと横道に逸れますが、比較的最近日本に生息していたゾウを紹介しましょう。まず、ナウマンゾウが挙げられます。学名はPalaeoloxodon naumanni(パレオロクソドン・ナウマニイ)です。日本で発見されているゾウの化石の中でもっとも多くの標本が確認されている種類で、北海道から沖縄県まで各地に産出記録があります。次に、マンモスがいます。学名をMammuthus primigenius(マンムサス・プリミゲニウス)といい、一般的によく知られている毛(体毛)の長い、寒さに適応した種類です。これらのうちマンモスは北方系のゾウなので、日本では北海道といった寒い地域からの報告しかありません。ですから、最初に縄文時代の遺跡から発見されたと聞いたときは、ナウマンゾウかアジアゾウでは?と思いました。アジアゾウは学名をElephas maximus(エレファス・マキシムス)といいます。現在東南アジアを中心に分布しており、熱帯にいるゾウというイメージを持っている人もいるかもしれませんが、実は北京あたりにも生息していたことが分かっています。ですが人間によって駆逐され現在の分布になったようです。そういったことを考えると、アジアゾウも日本の自然環境で生息できたかもしれません。

さて、ついに標本が送られてきました。箱を開けてみると3×3.5×2cmほどの白い塊が出てきました。その表面を見ると、細かく波打った模様が見えました。この模様が比較的平行に並んでいます。アジアゾウの歯です。幅が狭く、非常にすり減っているので仔ゾウの使い切った歯ということがわかりました。これで、縄文時代に日本にアジアゾウが生息していた!ということが証明できると一瞬思いました。しかし、標本をよく見ると、妙に生々しい感じがします。本当に縄文時代の標本だろうか?という思いがしました。そんなことを考えていると伊東さんから再度連絡があり、詳しい状況がわかりました。それは、そんな偶然が重なるのか!という非常に変わったいきさつでした。

仔象の歯が発見されたのは、宮崎市近郊の遺跡でした。そこは畑として利用されていた場所でした。そして、その地主は宮崎県内の動物園の園長さんだったのです。そのようないきさつから、動物園で厩舎内で使った藁を堆肥としてその畑に撒いていたことがわかりました。その藁の中にゾウの厩舎に敷いていた藁があったのです。この動物園には、アジアゾウの仔ゾウがいました。どうやら発見された象の歯は、この仔ゾウの歯らしいのです。さらに遺跡の発掘時の詳しい状況も解りました。遺跡の発掘担当者によると、人為的か自然な流れ込みかは判らないが、攪乱された地層から発見された、とのことでした。

以上のことを整理すると、今回発見された象の歯は、動物園の厩舎の中で仔ゾウの口からこぼれ落ち、敷き詰めていた藁に混ざり、藁が畑に撒かれ、耕されて土砂と一緒になり、遺跡の発掘で発見された、ということになります。残念ながら、縄文時代の日本にアジアゾウがいた、という新発見にはつながりませんでした。

と、いうわけで博物館の標本に関する情報は、非常に重要です。このアジアゾウにしても、1歩間違えば「日本にアジアゾウが生息していた」という大きな誤解を与えていたかもしれないのです。

写真1
仔ゾウの歯(左下:NF0002641)と大人のゾウの歯(右)
写真2
遺跡からみつかった(?)アジアゾウ臼歯(NF0002641)歯のかみ合わせの面

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●From EDITOR

新年度、初号をお届けします。 この4月より横浜国立大学の青木淳一教授が当館の新館長になりました。近々、本紙に青木新館長も執筆予定です。 7月には、特別展が開催されます。野生動物、とくに身近なサルに焦点をあてています。関連して今号には、早稲田大学の長谷川眞理子先生にご寄稿いただきました。 また、夏休みには開館からの入館者が200万人に達成する予定です。

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