学芸トピックス―折原貴道―
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菌類担当学芸員の折原らによる、地下生きのこ類の1新属と6新種、1新亜種を含む論文が出版されました!

菌類担当学芸員の折原らによる、地下生きのこ類の1新属と6新種、1新亜種を含む論文が出版されました!

2016年3月9日更新

当館学芸員の折原貴道を中心とする国際研究チームにより、地中にきのこをつくる菌類(地下生菌)の新属Turmalinea と6つの新種、1新亜種の記載や、それらの分子進化・系統地理学的解析を扱った論文が、オランダの国際学術誌Persoonia(ペルズーニア)から出版されました。

本研究での新種・新亜種の記載に用いられた地下生菌標本の大部分は当館の菌類収蔵庫に収蔵されています(タイプ標本も含む)。

 

論文紹介(専門的な内容を含む)

トリュフをはじめとする、地中にきのこをつくる菌類(地下生菌)はきのこ類のさまざまな系統から収斂進化してきたことが知られています。Rossbeevera T. Lebel & Orihara(ロスビーヴェラ属)は、ヤマイグチの仲間(図1)との共通の祖先から進化した地下生菌の属です。今回発表された論文では、このRossbeevera とそれに類似する地下生菌を対象に、形態の詳細な検討や、核およびミトコンドリアのDNA(計5領域・472塩基配列)による遺伝子系統樹と種系統樹の推定などの手法を用いて、Rossbeevera と姉妹関係にある新属Turmalinea Orihara & N. Maek.(トゥルマリネア属)と、両属の複数の新種および1新亜種の存在を明らかにしました。新属Turmalinea の名は、宝石としても知られる鉱物トルマリンにちなんでおり、きのこ表面の色がピンク色や青色を帯びるなど、種によって色がさまざまであることに由来したものです。本論文で新たに発表された分類群は以下のとおりです。

 

新属

Turmalinea Orihara & N. Maek.

新種

T. persicina Orihara(ウスベニタマタケ;図2)

― 西日本のシイ・カシ林に発生。

T. yuwanensis Orihara

― 中琉球(奄美大島、沖縄本島など)から採集された、鮮やかなピンク色の地下生菌。

T. chrysocarpa Orihara & Z.W. Ge

― 中国雲南省の山岳地域から発見された黄色の地下生菌。

T. mesomorpha Orihara subsp. mesomorpha(図3)

― 国内のブナ林に発生。触ると青色に変色する。

Rossbeevera paracyanea Orihara(図2)

― 西日本以南のシイ・カシの森林にまれに発生。触ると急激に藍色に変色する。

R. cryptocyanea Orihara

― 九州・南西諸島のシイ林から見つかっている。アオゾメクロツブタケ(R. eucyanea Orihara)という種と外見ではほとんど見分けがつかない。

新亜種

T. mesomorpha subsp. sordida Orihara

― 四国から発生が確認されている。学名の“sordida”という語は「すすけた、くすんだ」という意味。

 
屋外に生えるようす

図1. ヤマイグチ属の一種.

屋外に生えるようす

図2. 本論文で新種記載された地下生菌
Turmalinea persicina(ウスベニタマタケ;左)とRossbeevera paracyanea(右).
シイ・カシ林に発生.

屋外に生えるようす

図3. 新種Turmalinea mesomorpha Orihara subsp. mesomorpha.
ブナ林に発生する.

さらに、この論文では、上記の地下生菌を対象として、DNA分子レベルの進化や系統地理、DNAバーコーディングとよばれる、特定のDNA領域を利用した分子的同定法などについて発展的な解析が行われました。概要は以下のとおりです。

  1. 系統地理についての発見:細胞核のDNAの3領域(ITS-rDNA, LSU-rDNA, TEF-1α)による分子系統樹と、ミトコンドリアの2領域(SSU-rDNA, ATP6)の系統樹を比較したところ、核の系統樹では種レベルの系統関係が高い精度で推定されたのに対し、ミトコンドリアの系統樹では、種レベルの系統内での地理的な距離関係がより明瞭に反映されていることが示されました。この結果は、主に動物にきのこが食べられることで胞子が散布されると考えられている地下生菌の特性を反映したものである可能性があります。また、Rossbeevera 属では、「不完全な系統ソーティング(incomplete lineage sorting)」とよばれる、遺伝子の分化が種の分化より先行していた結果、各遺伝子から推定される系統樹の間で互いに異なる種間関係が導き出される現象や、同所的に分布する同種内姉妹系統への遺伝子浸透などの現象がたびたび起きていることが明らかになりました。
  2. 菌類のDNAバーコーディング領域における塩基の長大な繰り返し配列の発見:RossbeeveraTurmalinea の核リボソームRNA遺伝子ITS領域には、長いもので約600塩基対に及ぶ挿入配列が存在しており、多くの種において、およそ10~180塩基対を一単位とする反復配列(ミニサテライト)がその中に含まれることを発見しました。バーコード・ギャップ解析の結果、この挿入配列はITS領域のその他の部分に比べて、種内や種間の関係をより明瞭に識別することができることが示されました。ITS領域は、菌類におけるDNAバーコード領域として、種の分子的同定などに広く利用されています。今回明らかになった長大な挿入配列の存在は、土壌中の環境DNAなどから菌の同定を行うような場合にも、有用な指標になると考えられます。

論文

Orihara, T., T. Lebel, Z.-W. Ge, M. E. Smith & N. Maekawa, 2016.  Evolutionary history of the sequestrate genus Rossbeevera (Boletaceae) reveals a new genus Turmalinea and highlights the utility of ITS minisatellite-like insertions for molecular identification.  Persoonia 37: 173–198.
(2014/2015 impact factor = 5.3; 2014 SJR indicator = 2.57)
DOI: http://dx.doi.org/10.3767/003158516X691212(オープンアクセス)