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ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館― ―生命の星・地球博物館開館三周年記念論集―』193-194ページ

バリアフリーな音声ガイドをめざして

高山久美子
フリーアナウンサー

平成8年から、NHKの「視覚障害者の皆さんへ」を担当しています。視覚障害者を取り巻く様々なバリアについて取材してきましたが、その取材が縁で、「生命の星・地球博物館」の音声ガイドのソフト作りに参加することになりました。

「視覚障害者を対象にして」と頼まれた時、まずイメージしたのは、導線を作り、それに沿って右手や左手に何があるかを説明し、階段などで注意を促すというものでした。例えば、入場した最初の大きな隕石では、隕石の名前や色、形、特徴などを伝えればいいのだろうか、と。でも、それで本当に満足して貰えるんだろうか?どうも確信が持てませんでした。

そこで、筑波大学付属盲学校(当時)の鳥山由子先生に、館内を一緒に回っていただき、先生ならどのように説明するかを聞かせていただきました。

先生のお話しは、私が最初考えていたものとは全く違っていました。一方通行的な「説明」ではなく、展示物から疑問を引き出し、その答えを一緒に考える、「対話」が中心でした。勿論、色や形など、視覚障害者が得にくい情報も含まれてはいましたが、それだけよりもずっと楽しく面白いのです。視覚を補うだけの内容では、視覚障害者にとっても知的好奇心を満足させる内容にはならないのだと感じました。

そこで思いついたのが、濱田館長ご自身に館内を案内していただき、展示物にどんな意味があるのか、いろんな疑問に答えていただく方法です。

誰よりも館のことをご存じで、しかも、地球の不思議さ、おもしろさを伝えたいといつも思っている館長が語って下されば、情報だけでなく、その思いも伝わるはずです。こんな贅沢な体験をすれば、誰しも「この博物館に来て良かった」と思えるのではないでしょうか。そういう意味では、視覚障害のあるなしは関係ありません。いっそのこと、視覚障害者向けという「バリア」は取り除き、視覚障害者も!使えるガイドにした方が、本当にバリアフリーなガイドになる、と思いました。その考えを館長にもご理解いただき、構成案作りをスタートしました。

収録したのはスタジオではありません。閉館後の館内で、一本のマイクを片手に、歩いたり、展示物と向き合いながら収録しました。展示物に触ったり、匂いを嗅ぐところでは実際にそうしながら録っています。そして、色や形の視覚情報、解説なども含め、すべてが対話です。原稿を読み上げた所は一カ所もありません。館長も実にわかりやすく、やさしい語り口で説明をして下さいました。アドリブも多かったものですから、館長の突然のジョークに笑ってしまったり、逆に質問されて言葉に詰まっている所もあります。でも、ガイドを聞いている人に、今一緒に館内を回っているんだという臨場感を味わって欲しかったので、あえてそのままにしました。完璧なものができたなどとは夢にも思っていませんが、ガイドを使った視覚障害者の方から、「楽しかったよ」「視覚障害者用でないのがいいですね」といった感想をいただき、考えていたことは間違っていなかったのかなと、心からほっといたしました。また、館で行われた音声ガイドに関する意見交換会では、視覚障害者の皆さんがいろいろなご意見を出して下さいましたので、一年後に作ったガイドの続編では、そうしたご意見も参考にさせていただきました。

今、一般利用者向けに音声ガイドを作る博物館が少しずつ増えていると聞いています。そうしたガイドを作る時、障害のある人にも利用できるようにしようとするだけで、その博物館は一歩バリアフリーに近づくのではないでしょうか。ほんのちょっとの工夫でもそれが可能だということは、今回、実際に私が経験したことです。

一つのガイドを仲立ちとして、健常者も障害者も、博物館の楽しさを共有できる、こういうことが他の博物館でも実現出来たらどんなに素晴らしいことかと思い、そうなる日の来ることを願っています。

[目次]視・聴覚障害者の認識支援について―全国調査におけるから博物館スタッフの意見から―

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