学芸員の渡辺が新種を含むシイタケ害虫の天敵を発表しました
2025年1月17日 更新
学芸員の渡辺が森林総合研究所の末吉昌宏博士、向井裕美博士との共同研究で、シイタケの害虫として問題となっているキノコバエに寄生するハチを調査し、新種を含む多数の種を発表しました。その成果が昆虫系統分類学の専門誌である「Japanese Journal of Systematic Entomology」に掲載されました。論文の概要は次の通りです。
【論文の概要】
食用キノコの栽培の現場では、キノコを食害する様々な害虫と日々格闘しています。キノコ類は成長後すぐに摘み取って出荷することや、温湿度を制御した室内で栽培するものも多く、農薬に頼った害虫駆除が困難なため、害虫を駆除してくれる天敵の研究が行われています。近年とくにシイタケの栽培現場ではキノコバエというハエの仲間が害虫として問題となっており、研究チームは全国のシイタケの圃場で害虫の調査を行い、その過程で多数のハチがキノコバエの天敵として発見されました。論文では、シイタケ、ナメコ、アラゲキクラゲの3種につく害虫キノコバエ類から得られたヒメバチ科のハチを分類し、以下の5属8種を認めました。これらには1新種と2日本新産種を含みます。
Aperileptus albipalpus (Gravenhorst, 1829) タイリクツヤハエヒメバチ
国内では国後島と北海道に分布し、原木栽培のナメコ圃場で見られるキノコバエに寄生します。
Aperileptus flavus Förster, 1871 オミジカツヤハエヒメバチ
今回の論文で日本から初めて記録された種で、岩手県から記録されました。原木栽培のシイタケ圃場で見られるキノコバエに寄生します。
Orthocentrus brachycerus Humala & Lee, 2020 シイタケハエヒメバチ
渡辺らによって2020年に日本から記録された種で、菌床栽培のシイタケの圃場やアラゲキクラゲの圃場で見られ、前者ではキノコバエの主要な天敵です。今回、新たに富山県からも記録されました。
Orthocentrus lentinulae Watanabe, 2024 キタシイタケハエヒメバチ(図1)
今回の論文で記載された新種です。菌床栽培のシイタケ圃場で見られ、リュウコツナガマドキノコバエ Neoempheria carinataに寄生します。タイプ産地※は北海道千歳市で、他に北海道厚岸町と札幌市、山形県、富山県、兵庫県から標本が得られています。種小名はシイタケLentinula edodesの属名にちなみます。ホロタイプ(KPM-NK 100538※※)とパラタイプの一部(KPM-NK 100539–100564)が当館に収蔵されています。
Plectiscidea (Plectiscidea) cinctula (Förster, 1871) サムライオナガハエヒメバチ
今回の論文で日本から初めて記録された種で、北海道、本州(岩手県、静岡県、鳥取県)、四国(徳島県)から記録されました。原木栽培のシイタケ圃場で見られるキノコバエに寄生します。この属の種分類は難解なハエヒメバチ類の中でも特に難しく、渡辺が2023年に実施したドイツでの標本調査による修行の成果が大きく貢献しました。
Plectiscidea (Plectiscidea) collaris (Gravenhorst, 1829) キタオナガハエヒメバチ
国内では国後島と色丹島から記録があった種で、本論文により北海道と本州(岩手県と静岡県)からも記録されました。原木栽培のシイタケ圃場とナメコ圃場で見られるキノコバエに寄生します。
Proclitus attentus Förster, 1871 シイタケオナガハエヒメバチ
国内では国後島と色丹島から記録があった種で、本論文により北海道と本州(岩手県と長野県)からも記録されました。原木栽培のシイタケ圃場で見られるキノコバエに寄生します。
Symplecis bicingulata (Gravenhorst, 1829) ヨリメハエヒメバチ
渡辺らによって2020年に日本から記録された種で、菌床栽培のシイタケ圃場で見られるキノコバエに寄生します。今回、北海道のシイタケ農場でも生息が確認されました。
本論文により、少なくともシイタケにおいては、原木栽培(屋外でホダ木を用いて栽培する方法)と菌床栽培(室内や半室内で菌床ブロックを用いて栽培する方法)、それぞれのキノコバエに寄生するヒメバチ相が明らかとなりました。論文で提供されたこれらの種を同定するための検索表とともに、この類の応用研究の基礎として研究成果の活用が期待されます。興味深いことに、原木栽培と菌床栽培では同じシイタケであっても、害虫と天敵の両方が互いに異なることが見えてきました。作物の種類や地域だけでなく、栽培方法に応じて害虫や天敵昆虫を調べる重要性がわかる結果となりました。
※生物の学名を命名する際に使われる標本をタイプといいます。ホロタイプは学名の基準となる標本で、タイプの中から一つだけ選ばれます。パラタイプはホロタイプ以外のタイプです。ホロタイプが得られた産地をタイプ産地といいます。
※※KPM-NKは当館の昆虫標本の資料番号であることを示す記号です。
【論文詳細】
Watanabe, K., H. Mukai & M. Sueyoshi, 2024. Review of the ichneumonid parasitoids of the fungus gnats infesting edible fungi in Japan, with a new species of Orthocentrus Gravenhorst, 1829. Japanese Journal of Systematic Entomology, 30(2): 182-195.
図1. キタシイタケハエヒメバチOrthocentrus lentinulae Watanabe, 2024のホロタイプ(KPM-NK 100538;メス).