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ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館― ―生命の星・地球博物館開館三周年記念論集―』141-146ページ

琵琶湖博物館のハンディキャップ対応と実際

布谷知夫
滋賀県立琵琶湖博物館

はじめに

今から20数年前、私が博物館の学芸員になってまだ右も左も分からなかったころに、盲学校の先生の話をうかがう機会があり、その中で、盲学校の生徒を引率して美術館に見学にいく、という話がありました。人は見えないのだから絵を見にいってもしかたがないでしょうと言う、だけど子供たちは行きたいというのだから、行くのがあたりまえでしょう、と話された内容は、当時の私には衝撃的でした。当時の博物館の世界では、ある県立博物館が目が不自由な人への対応として触るコーナーを作り、それが結構新しい試みとして評判になっていた頃のことです。

この経験は私自身の博物館という場に対する考えを変えるものでした。私がいた博物館でも盲学校からの見学依頼が幾度かあり、別室で標本を触る機会を作り、展示室でもサクをはずして展示品に触る手伝いを行なうなどの経験をしていました。そしてそういう経験は博物館を利用する誰にとっても必要なことだろうと感じていたように思います。その後、幸いなことに新しい博物館を作るという事業に参加することができ、ハンディキャップ委員会を作って、対応を考えました。その考え方と実際にはどうであったのかを書いてみたいと思います。

琵琶湖博物館のハンディキャップ対策の考え方

琵琶湖博物館では開館のおよそ8年前に最初の学芸員が採用され、その後の議論の中で、運営方針はもちろん、展示や建築にいたるまで学芸員の意見をいかした博物館作りを行なうことができました。琵琶湖博物館の理念をひとことで言うと、研究を基礎にすることで最新の情報を発信しながら、交流活動、資料整理、展示などを総合的に行なうという活動スタイルを取り、博物館を利用者にとって自分が暮らす地域を見直すためのきっかけを作る場と位置付けることです。その考え方は、「滋賀県全てが博物館、琵琶湖博物館は、滋賀県という博物館への入口である」という言葉に象徴されています。そのため博物館の活動は、なによりも楽しく、人をひきつけ、そのなかに発見があり、楽しさの中で学ぶことができるということを目指しました。

この考えは展示でも同じで、展示室は教える場ではなく、発見と交流の場であり、自分の暮しを見つめなおす場でありたいと考えてきました。このような考え方を展示として形にするためには、来館者と展示とを精神的に切り離してしまうことがないように、ガラスごしの展示をやめ、可能なかぎり触ることができ、来館者が展示を自分の暮しの一部と考えながら見ることができるように工夫を行ないました。

ハンディキャップ対策委員会も、以上のような基本の考えを前提としながら議論を行なってきました。まずハンディキャップを身体に障害がある人だけではなく、幼児や高齢者、妊娠中の女性なども含めた幅広い人ととらえ、誰もが楽しむことができる博物館を作るためには何が必要か、という立場で考えることにしました。そのような立場で考えると、ハンディキャップを持つ人にとって使いやすい博物館は、一般の人にとっても使いやすいはずなので、無理な区別はしないで、誰もが楽しむことができる博物館という立場を前面にだして、展示や建物のハードとソフトを考えてみようとしました。

また目が不自由な人が本当に一人で博物館内を利用するためには、ハード面での対策はかなり細部にわたって必要となることは明らかであるため、ハードにはこだわらず基本的には人で対応する、ということを決めました。そのための人員配置はできませんでしたが、展示室内で来館者対応をする人の配置は20ヶ所ほどが考えられていたため、そのスタッフを中心にして人で対応をしようとしました。そのため、館内の点字ブロックや点字解説板などは、危険防止のために必要な場所以外にはつけない、という処置を行ないました。

実際のハンディキャップ対応例

まず車イスで館内のすべての場所にいくことができる、ということを確保しました。そのためには、フロアーの段差を無くすことはもちろん(このもちろんに実は一ヵ所で失敗した)、展示に触るために車イスで近づく距離を考えたり、顕微鏡を覗き込むための距離等を含めて、図面で検討しました。このような検討は図面段階から始めたために、一定は成功しているのではないかと思われます。

また一般的な展示手法として触って楽しめる部分を多くしました。これは目の不自由な人に対する対策ということだけではないことはすでに述べましたが、大部分の展示はジオラマなども含めてオープンな展示としました。なかでもパネルが主体の部分や映像が主体の展示については、目が不自由な人でも展示に参加できるように、触る展示を付け加えるようにしました。ただしこれも、例えばプランクトンの立体映像の横に、拡大レリーフを作り、触ってプランクトンの形が理解できると同時に、目で見ても実物の大きさと映像の大きさの違いが分かるような工夫をしたり、あるいは日本列島ができてくる過程をパネルで示し、横にはその原因を考えるために太平洋の海底地形模型をおいて、さわっても理解できるような工夫をしました。

また滋賀県の大地を作っている岩石を紹介する「河原の石はどこから」では、石の存在感を知ってもらうために展示室の床加重ぎりぎりの大きな石を置きましたが、これも触っても質感がわかるように実物を展示し、あるいは展示室内のカウンターでは、ディスカバリーボックスと名をつけた標本の入った箱を来館者に貸出し、あるいはカウンターで一緒に触りながら説明を行なうというような解説システムも持ちました。また水族展示では水槽内の展示が大多数であるため、ふれあい水槽とタッチングプールを設け、スタッフがはりついて指導をしながら、魚に触れる体験ができるようにしています。

ただしプランとしてはありながら、展示室内の17メートルの大きな船や、高さ5mに近いゾウの骨格標本等には小さな模型を横に置いて、全体像が分かるようにしようという計画などは実現ができませんでした。

音声解説をどういう方法で行なうかということも当初に時間をかけた内容でした。新しい方法として、チケットカウンター(総合案内所)とは別の総合案内板の前に、館内のフロアーが浮きだしたシートを触って、知りたい場所を押すと、音声で館内の位置や解説をするというシステムを取入れて音声による館内案内とし、展示室ではCDプレイアーを使った展示解説システムを導入しました。展示室での音声解説は時間をかけて考えた割にはうまくいっていません。かなり多くの方式を検討しましたが一長一短があり、最もシンプルて安価な方法を導入して、まず外国語の音声解説から利用していますが、トラブルが多く、今後の改良が必要な課題の一つです。

以上に加えて、チケットカウンターや展示室内に展示交流員を配置し、毎日25人程度の人数が、交代で休憩を取りながら来館者の対応をしています。このスタッフは展示解説の仕事をするのではなく、来館者の動きを見なから、話しかけ、展示の面白さを伝えたり、気付いてもらい、来館者が展示を見ながら考える手助けができるようにということを仕事としており、目が不自由な人などへの展示室での補助役も行なうことになっています。

開館後の現状

以上に述べたように開館以前から考えられることはある程度実施したつもりでした。しかし実際に開館し、多くの人が博物館を訪れるようになってみると、予想外の点や考えが及ばなかったことが幾つもあることがわかりました。一定の予想はしていましたが、展示の破損の多さもその一つです。開館以後に外部から博物館の評価をうけるという作業を行ないましたが、そのひとつとして目が不自由な人に2日間にわたって展示室を歩いてもらい、意見を聞くという機会を作りました。全体としては触れる展示の多い楽しい博物館、という評価をもらったものの、私たちが考えていた内容とはかなり異なる点もあり、基本的な点では、人で対応する、ということの難しさを指摘されました。

たとえば人が説明するということを前提としたため、点字の解説板は展示室内ではまったく設けませんでしたが、年代の違う地形模型を、これはいつの時代と順に説明してもやはり理解しにくいので、自分で点字で確認したい、あるいはコレクションギャラリーでボックスを貸出すメニューは、こういう箱がある、という内容を順に聞いても分かりにくく、覚えられないため、選べない、というような指摘がありました。全体として説明する人が付くと、その人の熱意に疲れてしまう場合があり、ゆっくり自分で展示を楽しむことができる、という状態は残しておいてほしいので、人が説明をしてくれるとしても、点字板はやはりあるほうがいい、という意見でした。また触れる部分の材質による工夫の必要性や、展示台の高さを車イス対応の高さにしてあるために、触る展示としては少し低くて触りにくい、などの指摘も受けました。そして、展示室内での展示案内以前の問題として、博物館内のトイレと食事、ショップヘの案内、さらに博物館に来るまでの動線そのものの問題など、目が不自由な人が一人で博物館に来るためには、展示以外の条件が整って、安心して楽しむことができる、ということにならなければ、やはり出歩くことはできない、という当たり前ながら最も大切なことをお聞きしました。

ここにあげたことは一つの例に過ぎませんが、その幾つかは最初からハンディキャップを持った当人に相談をしながら設計を行なえばかなりの所までは解決ができた内容であったと考えられます。

主体的に楽しめる博物館

目が不自由な人にとってどのような博物館展示であれば楽しむことができるか、ということに対して、最も印象的だったのは、自分が主体的に選択して展示を見たい、という言葉でした。もともと博物館の楽しさは、知識をおしつけられるのではなく、自分が主体となって、展示の中から選択し、その結果として新しい発見があり、自分の持っている知識とからみあって、更に好奇心を刺激される、そんな中から展示の楽しさが生まれてくると考えてきました。

当然ながらハンディキャップを持った人にとってもまったく同じことであるはずなのに、対策と考えて無理にメニューを作ろうとしすぎていたのではないかと思います。基本のハードとソフトを整備するということは当然の大前提であり、まだ琵琶湖博物館の水準も十分とはいえませんが、展示室では多くの選択枝を設けておいて、可能な部分を楽しめるようにしておけばいいのではないでしょうか。その意味では、さまざまな立場でのハンディキャップを持った人が、楽しく過ごせる博物館像というものは、実は一般の人達にとっても、一番楽しい博物館になるのではないかという基本に、改めて考えさせられました。

[目次]「開かれた博物館をめざして〜博物館におけるバリアフリー」―大阪府営箕面公園昆虫館の障害者対応について―

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