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ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館― ―生命の星・地球博物館開館三周年記念論集―』23-29ページ

子ども動物園における障害児指導について

葛西宣宏
東京都恩賜上野動物園

かさい・のぶひろ今、動物園というのはどんな仕事をしているのか、というのを皆さんにお話していきたいと思います。

動物園というのは大きな役割として4つ仕事があると言われています。ひとつがレクリエーションの場所であるといわれています。誰もが来て楽しめる場所であるということ、「来週の日曜日は動物園に行こうよ」という会話が子ども達から聞こえる、そういう場所です。2番目には、教育の場であるといわれています。教育の場であるというのは固くてあまり好きな言葉ではないのですが、何かを勉強しに行こうという意識がなくても、動物園に遊びに行って、動物たちの入っているケージの前を通っていくだけで、そこに入っている動物とその動物舎の前についているラベルとかを見ていくだけで、子ども達にいろんなことが理解できたり、何かを学んでいくことができるという、そういう場所でもあります。

しばらく前に地球サミットというのがありましたが、そのなかで動物園の仕事として、これから種の保存というのに取り組んで欲しいという話がありました。日本の動物園の歴史というのは、116年あります。野生動物を飼育する技術というものが、それだけの長い間培われた物がある訳ですから、そういう技術を使って数の少なくなっている動物たちを助けてあげよう、そういう活動も動物園では行っています。みなさんが知っているところではジャイアントパンダが増えていったりですとか、上野動物園の最近のプロジェクトとしてゴリラの繁殖をしてゆこうとしています。ゴリラとトラの森というのが出来上がって、その中でこの間、トラが繁殖して、着々と成果は上がりつつあります。また、日本中の動物園が協力してくれて、ゴリラを上野に貸し出してくれています。ブリーディングローンと我々は呼んでいますが、このような形で一つの動物園がゴリラ一頭を上野動物園に貸し出すということは大変なことです。公立の動物園で考えれば、税金で購入した動物を他の自治体に貸し出すということですから大変なことです。それは民間の動物園の場合でもそうです。オーナーシップと呼ばれ、それはうちの財産という意識ですから、それを東京都に貸し出すということになる訳です。しかし、そういう垣根を取り除けば動物は地球上の財産だと思います。野生動物というのは、私たちの時代だけ、生き残っていればいいというものではなくて、それを次の世代、次の世代に引き継いでいかなくてはいけません。ですから野生動物の保護を今非常にがんばっています。その辺で、ひとつ研究の場としての動物園があります。

あともうひとつは自然保護の場としての動物園の役割もあります。動物園の最近の大きな役割の柱として環境学習をすすめていこうという動きがありますが、これは非常に漠然とした部分で何をしたらいいんだろうかということで悩むところです。環境学習という言葉にするより、実際には動物たちの入っている動物舎を見てもらうと動物の住んでいる場所がわかってくる、そんな展示にしていったらいいんじゃないかなということを動物園の中では考えています。最近の動物舎を見ていただくとわかると思うのですが、昔のようなコンクリートの冷たい感じの器の中で手前にはおりがあったり、金網があったり、そういう展示をするのはなるべくやめよう、動物たちの住んでいるその生態系というか、その全体のバランスがみられるような、そんな展示をしていったらいいのではないかなと考えて、現在、動物園では仕事をすすめています。

日本には動物園とか水族館とかどれぐらいあるのかな、というとだいたい160館ぐらいあります。そういう動物園が、ネットワークをもって、同じようにいろんな仕事に取り組んでいるのですけれども、さきほど博物館の数とかどれぐらいの方が来園するのかといったお話がありましたけれども、動物園、水族館の場合はだいたい年間8000万人が利用しています。それだけの人たちが、動物園の仕事、水族館の仕事、広く言えば博物館の仕事というのをもっと理解してくれたら、どんどん足を運んでくれて、「また来たいね」ってどんどんリピーターが増えていただく、そんなことを願って私たちは仕事をしていますが、リピーターが来てくれるような動物園、水族館、博物館を作っていかなくてはいけないと思います。

動物園というのは、今申し上げましたように、8000万人という人間が利用してくれている訳ですが動物園は、年齢、性別、社会的地位そういうものに関係なくて、誰もが利用してくれる施設なのです。その中には、やはりハンディキャップをもった人たちも利用してくれる訳です。動物園というのはハード面でけはなく、ソフトの部分でも障害者の人たちが楽しめるようなソフトを考えていこうということで、上野動物園ではいくつかのプログラムを組んでいます。その辺をこれから、紹介していきたいと思います。

子ども動物園は、昭和23年、1948年、戦後の非常に混乱している時代に上野動物園に誕生しました。動物園がその時一体どういう状態であったかといいますと、ゾウもトラも何もいませんでした。全部処分されてしまった時代です。で、猛獣舎にはトラやライオンがいなくなった代わりに、猛獣舎には豚が飼われていました。そんな時代に子ども動物園というのを計画なさったのが、元上野動物園園長の古賀園長です。この何にもない時代にやはり子ども達に何かプレゼントをしたい、何がいいだろうと考えて子ども動物園というのを作りました。で、子ども動物園を作る時に基本的なねらいは何ににしようと考えた時に、古賀園長がおっしゃったのは、「子ども達が身近に動物に親しむことによって、動物を可愛がる気持ちや自然を愛する心を育む」ということをねらいにして子ども動物園を作ろうということで、子ども動物園を作られました。これは今の時代に非常に合っているのかなあと心がすさんでいる時に非常にあてはまってしまうようなねらいだったのかなあと思います。

それで翌年の昭和24年、1949年ですが、上野動物園をご利用になった方はおわかりかと思うのですが、正門を入って、ちょうど今パンダがいるあたりですが、あの辺に子ども動物園がありました。そこに動物園教室という施設が出来上がりました。そしてその施設が完成した時に古賀園長がこれまたすばらしかったのですが、独協の中学校の校長先生が定年で退職なさって、その方を引っ張って来ました。教育担当ということで子ども動物園の中に教育スタッフとして入っていただきまして、常時、来園者のご要望に答えて教育的な活動をするということで、子ども動物園の教育的な活動というものが始まってきています。

障害児に対しての活動は、どんなプログラムがあったかというと、昭和40年、1965年、盲、聾、知的障害児対象のサマースクールというのが行われました。これが障害児指導の始まりとなっており、現在も続いています。それから、しばらくして、昭和50年、1975年からは日々の活動として、ちゃんとしたプログラムを作ってすすめていこうということで、水曜日と金曜日の週2回、障害児指導の日にちというのを作りまして、受付をして始めたということがあります。現在では、水曜日が定例の活動日になっております。それと申し込みにより受け付けております、特別指導と言われている形態の障害児への活動があります。それはどんなことかといいますとあとでお話が出ると思いますが、筑波大学付属盲学校の鳥山先生の所の校外理科学習で上野動物園を訪れることがあるのですが、そういうプログラムと二本立てになっております。ですから、常時行っている水曜日の定例活動、特別指導の2本、それと夏に行うサマースクールの3つです。

障害児の活動で通常指導という毎週水曜日に行われているものですが、その活動の内容について説明したいと思います。通常指導の障害児指導というのは子ども達と動物とのふれあいを基本にしたプログラムです。幼児から中学生までを対象にしてクラス分けして最初にオリエンテーションを5分から10分行います。動物への接し方、その動物の背景、その辺を話をして、まずどんな動物にふれるかといいますと、身近な動物でウサギ、モルモット、ヤギ、ガチョウですね。こういう動物にまずふれてもらう。運がいいと、ヤギなんか、出産した個体がいると小ヤギを抱いたりとか、お母さんヤギのおっぱいをさわってもらったりとか、実際にそこで子ども達におっぱいをしぼってもらったりとか、実際にあったかいミルクを自分の手でさわる、そんなのも感じてもらおうかな、と思っています。

幼稚園、保育園くらいの子どもにはとりあえず何を理解してもらおうかと考えたのですが、まず、生きているんだよということを理解してもらえばいいんじゃないかな。子ども達は動物を最初に非常に不思議そうにあつかったりとか、おもちゃのようにあつかうんですね。だから、子ども達に話す時には、「これは君たちのおうちにあるおもちゃ箱にあるぬいぐるみとはちがうよ、小さいんだけどあったかい。それで、君たちと一緒で、ご飯を食べてウンチをしておしっこもするんだよ。時々は病気にもなるし、年をとって死んで行くんだよ」これは生きている動物なんだという所を理解してもらえればいいのではないか。

小学校の高学年くらいになると、どの辺を見てもらえればいいのかと言うと、動物たちが暮らしている場所と身体のしくみとか、食べ物と身体のつくり、そういう細かい所をちょっと見てもらうと動物たちのことがよくわかるのではないかと思います。その辺りをわかりやすく見てもらおうとしています。

2番目の、特別指導は、先程申し上げましたとおり校外学習で動物園を利用していただいて、そのつど先生と打ち合わせをして、プログラムを作っていくという内容です。いろいろな単元で利用される先生がいますが、今までの例では理科、生活科、国語が多いです。これは形が決まっておりません。先生方が来て実際にその学校で、どういう内容でその授業を進められているのかとか、子ども達がどういうトレーニングをなされているのかということを全部確認をし、先生方の要望と受け入れるうちの方の体制とを調整しながらプログラムを組んでいきます。

次はサマースクールですが、夏休みの第1週めに1日単位で2日間行っています。今までは都内の盲学校から参加をしていただいていましたが、最近では、都内の弱視学級の子ども達も参加してくれるようになりました。1日あたり50名位の子ども達が来てくれます。

サマースクールについてはビデオを持って来ていますので、ビデオを見ながら説明致します。ではビデオをお願いします。

サマースクールが始まるのは、まだ一般には開放していない早い時間です。これは正門前で、ここで朝礼をします。子ども達にちょっとお願いしたいことなどを話して、園内をスタッフが連れて歩いてその動物のところに行きます。ここでは搾乳牛が来ています。これを実際に子ども達にさわってもらいながら自分でミルクをしぼってもらいます。子ども動物園は家畜が飼われていることが多いので、自分達の暮らしと動物がどうかかわっているのかという部分を理解してもらうために、こんなことをしています。これは子ども達が実際にしぼったミルクでバターを作っているところです。子ども達はだいぶくたびれてしまうのですが、がんばれる子どもで15分くらいでバターができあがります。

この活動をしているときに、ボランティアでサポートをしてくれる2つの団体があります。シルバーガイドさんと東京動物園ボランティアーズ(TZV)の方たちが協力してくれています。これは水生物がいるんですが、これはナマコかな。まずうちのスタッフから生き物のさわりかたのレクチャーを受けてから、各場所に行きます。それから、実際に手に取っています。これはウニですね。レクチャーなしでこういう活動をすると動物へのダメージがすごいので、まずレクチャーを受けて、どういう風に扱うのか話をしてから、進めています。

少し大きなプールを用意して、この中でカエルですとか、コイとかウナギなんかも入っているのでが、子ども達にさわってもらうのです。初め、私たちはこのことを予想していなかったのですが、子ども達を見ていると、この中にだんだん入ってしまうのです。しまいには、パンツ姿で背中にはカエルがのっています。おそらく子ども達の声が伝わって来ていると思いますが、子ども達にさわってごらんと渡されたものではなく、自分が手を出してってさわったとか、自分の足に魚がきてこすっていったとか、この感覚が子ども達にとって嬉しいようです。子ども達は恐る恐る水の中に入るので、動物や魚の方も動きがにぶくなるように、少し水温を下げた水に入れておいて、プールに移すので、生き物にとっては少しかわいそうな部分もあります。これはウサギとかモルモットとかのふれあいコーナーに移動している所です。こういう時に先生方に必ずお願いしていることは、怖がる子ども達には無理矢理、触らすようなことはしないで下さいというお願いをしています。

これはふ化したばかりのひなです。それと今、ふ化しかけている卵を持ってきています。

これはへびです。いろんな係りが協力してくれて、うちの係りはヘビを持っていこうとかカメを持っていこうということで、その協力の下で成り立っているプログラムです。

このサマースクールに参加した子ども達は、「来年もまた来よう」と必ず最後に言ってくれるのでやっているスタッフはとてもくたびれる企画なのですが、そのぶん子ども達が来年も来たいなと言ってくれると疲れも吹っ飛びますね。子ども動物園にいる動物はだいたい総動員で、あとは他の係りから何点か借りてきてやるプログラムになっています。

最後のこれはサマースクールが終わって、サマースクールの参加証というのを子ども達にあげます。盲学校の先生にも協力していただいて点字で参加証を作って子ども達にあげるのですが、子ども達はそれをとても大事そうにカバンに入れて持って帰ります。また、「来年会おうね。」と言うと子ども達も「はあーい」と返事をしてくれます。

非常にしんどいプログラムなのですがとてもやりがいのある内容になっています。

最後になりますが、これから子ども動物園では、障害児に対する活動はどういう風にしていくかというよりも、障害を持っている人でも障害を持っていない人でも誰でも楽しめるという企画を、利用される方々のご意見を伺いながらこれから作っていこうというのが私たちの姿勢です。まず、どんどん動物園なり、水族館なり、いらしていただいて、いろんな注文を出していただくというのが、こういう施設がよくなっていくきっかけになっていくと思います。どうぞ、どんどんご利用していただくのをお願いして、今日の発表を終わりにさせて頂きます。

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