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ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館― ―生命の星・地球博物館開館三周年記念論集―』189-192ページ

博物館における「伝え方」の工夫

三宅祥介
(株)SEN環境計画室代表

三人の目の不自由な人に象を触らせると、触った部位により、三人三様違った動物を想像した話は、童話で扱われるテーマの一つですが、これほど障害者にとっての情報の本質をついた話は少ないと思います。木を見て森を見ずといいますか、偏った情報の危険性を指摘したものです。これで分かるように、各種障害、特に視覚障害の本質は、「情報障害」です。最近障害者体験機器なるものが開発されていますが、視覚障害の場合は、アイマスク一つで簡単に体験できるわけです。しかし、実際にやってみると一歩も歩けないというのが実感です。他の残存機能を伸ばすことで、かなりの部分を補完出来るとはいえ、補完しきれない部分が「情報」ではないでしょうか。展示を通しての情報伝達がその使命である博物館においては、極めて大きな問題であると同時に、対策をやや後回しにされて来たきらいがあります。

ヒアリング調査

ではどのような対策が必要なのかを考える前に、問題の本質はどこにあり、なにが求められているかを知るために、私たちは、ヒアリング調査をしました。お聞きした人は、ご自身が視覚障害の方や、盲学校で教えておられる方々です。その内容を抜粋してご紹介します。

これらを要約すると、触れることが最低条件だが、視覚と触覚の違いに十分気を付ける必要があり、触ったことに対する十分な説明が大切なようです。また、迷わずに一周出来ることは当然のこととして、視覚障害者の専用の施設は必要ないということです。さらにソフトの対応についてもお聞きしてみました。

これらの意見からは、切々たる知的好奇心への欲求を述べられており、人的支援その他の方法による対策の重要性を感じるところです。

大阪府箕面公園 昆虫館身障者対策施設改修

箕面公園は、昆虫類の多く生息する公園として知られています。多くの観察家たちが活躍し、昭和7年にはすでに、2500種を越える昆虫類が観察されています。昆虫館は、そのような背景のもとに計画され、昭和28年に開設されています。その後昭和56年に建て替えられ、平成4年には放蝶園も開設されています。現在、国内外2600種、9500点の昆虫類の展示が行われています。しかし、誰にとっても利用可能か、障害者、高齢者、子ども達にとってはどうか、さらには、視覚障害者にとってはどうか、となると色々な問題を持っていることも事実です。そこでこれらの点を中心に施設内容の再考を行ったのがこの業務だったわけです。特に配慮した点は、次のような点です。

  1. 動線を分かり易くする
  2. 展示の高さ等、より多くの人にとって利用可能なものとする
  3. サイン、説明板等の表示を分かりやすくする
  4. 触れる等、視覚のみに頼らない展示を行う


動線計画は単なる人の動きだけでなく、展示の内容に関わる大きな問題です。主に幼児から小学校低学年の子ども達を対象に、「楽しく、体を使って、昆虫にふれあい、昆虫に興味を抱かせる」ことから始めています。そのために、「わくわくしながら学べる仕掛けづくり」を行いました。ガラスの中の昆虫を眺めるだけではなく、指先や匂い、あるいは音で感じた新しい発見や驚きを大切にしたいと考えました。そのため、触知レリーフ、スケール模型、拡大模型、匂い、音等を展示に利用しています。そしてそれらを一筆書きでもれなく一巡出来る「1ルート」を設定しています。誘導方法は、壁面や什器の展示に沿って一定の高さの手すりを、展示室全体について設置しており、それを伝ってゆくと一巡出来るようになっています。仕方なく手すりが切れる部分は、床面に「誘導パイプ」と呼ぶステンレスの蒲鉾状のガイドレールを設置し、補完しています。

展示の高さは、車いすや子供の利用を考え、比較的低位置(1.2メートル)を主たる視線高さとしました。

サイン、説明板等は、手すりが主な動線の誘導となるため、手摺り上に点字にて、手すりの中断位置や、展示位置、導入部分位置等を表示しています。各展示内容は触知板で行うと同時に、さらなる詳細は、点字読本及びオーディオガイドで対応しています。

視覚に頼らない展示は、化石レプリカ、昆虫拡大立体模型、原寸レリーフ、森の匂い、鳴き声による昆虫の情報伝達等、臨場感のあるように工夫をしています。

まとめ

施設の改修にあたっていつも問題になることは、施設までのアクセスです。施設だけが良くなっても、そこに到達する手段がないと何の意味もありません。アメリカでは「プログラム・アクセス」という形で、行政単位で対応しているケースもあります。いくつかの博物館があると、それぞれの立地条件があり、アクセスの容易な場合もあればそうでない場合もあるわけです。それらを無理して全てアクセシブルにするより、情報等必ずしも実物を見る必要のない物については、アクセスの容易な博物館で入手する事が出来るというものです。また、博物館側から展示品を持って出かけるというケースもあります。但し、貴重なものや、大きなものはそういうことは出来ません。一方で、このことを視覚障害者の方にお聞きすると、ほとんどの方が「いやそこまでは…」とおっしゃいます。「誰かに連れてきてもらえば済むことですから」と。信用されていないのか、諦められているのか。何とかしたいと気をもむ毎日です。

[目次]バリアフリーな音声ガイドをめざして

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