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ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館― ―生命の星・地球博物館開館三周年記念論集―』47-54ページ

生命の星・地球博物館を利用した視覚障害者の感想と要望

生井良一
嘉悦女子短期大学

博物館を見学した感想と感激

写真1私は1997年10月に初めて神奈川県立生命の星・地球博物館を訪れました。地球誕生当時からのいろいろな展示物がある事、しかもそれを直接触る事ができるというので楽しみにしておりました。ところで私は全盲の中途失明者で、盲導犬を使用しております。その盲導犬と私の学生と一緒に博物館を見学いたしました。その時の感想を私の個人的なものではありますが、視覚障害者の博物館利用という点から一つの意見として述べたいと思います。当日は学芸員の奥野花代子先生に案内していただきました。館内を案内していただいて私は大変感激しました。見せていただいた順番は忘れましたが、印象に残った物をここにいくつか述べて見たいと思います。

まず、鉄の隕石です。何度かその隕石をこすって、指のにおいを嗅いでみました。すると、確かに鉄のにおいがして、「本当に鉄なんだ」と実感しました。ぼつぼつと気泡の飛び出した跡のある隕石は、大気中を落ちて来る時の熱で、隕石の中の成分がガス化して飛び出した跡だという事でした。触ってみると、沸騰したガスが岩を突き破って飛び出していったという感じがよく分かりました。それはとても大きな隕石で、持ち上げてみましたが、びくともしません。それもそのはずで2.5トンの重さがあるそうです。よくこんな大きな物が落ちてきたものだと思いました。頭ではもっと大きな物でも落ちて来る事は想像できますが、こうして実物を抱き抱えてみますと実感がわいてきます。こんな物が宇宙のどこから来たんだろう、落ちた時の衝撃はどんなだろうかなどといろいろ思いは巡ります。

それからヒマラヤの山中で見つかったという波の化石です。私はたまたまその少し前に本で波の化石があるというのを読んでおりました。砂浜の砂に波の形が化石として残るという事を読んで、そんな事ってあるんだろうかと思っておりましたが、まさかこの生命の星・地球博物館でそれを見る事ができるとは思ってもみませんでした。それだけに触った時は感激でした。触ってみると、なるほど波の形が残っているのが分かりました。

また驚いたのはアンモナイトの化石を触った時の事です。まず、アンモナイトの大きさにびっくりしました。見えている時に教科書で勉強したり、写真を見たりしていたわけですが、想像していたよりずっと大きかったのです。しかも丸々と太った感じに、これがアンモナイトなんだという実感を味わいました。さらにびっくりしたのは、一個だけではなく、壁一面にいくつものアンモナイトが張り付けてあり、それは発掘現場をそのまま再現したものだという事です。これには感激しました。そして一箇所にこんなにたくさん見つかるものかと感心してしまいました。

この他にも恐竜の骨とか熱帯雨林の木(板根)、触って初めて実感し、驚く物ばかりでした。見学していろいろな感激を味わう事ができて、案内して下さった奥野先生や関係者のご尽力、ご努力には心から感謝し敬服いたしました。

さらに良いものにするために

展示物を見せていただき、私は次のような事を感じました。まず、大きな展示物に対しては全体を触る事ができないので、そのミニチュア版が欲しいと思いました。例えば恐竜(骨格標本)です。多くの恐竜の全身骨格標本はあまりにも大きくて、頭や背中を触る事はできません。よしんば触る事ができたにしても、全体像を認識する事は難しいものだと思います。部分を触る事と全体像を認識する事とは別問題です。ミニチュア版があれば全体像を正しく理解できると思います。

また、恐竜については各部分の標本があるといいなと思いました。私が足の部分を触った時、私の思いこみとは異なって足には何本もの骨がありました。それまで私は足の骨は当然一本だろうと思っていたのです。この事からして、他の部分についてもとんでもない思いこみ違いをしているかも知れない、私はそんな感じを持ったのです。したがって、前足、後ろ足、頭、首、尾、胴体なども私が想像している物とは違う物かも知れません。実際はどうなのか確かめてみたいという衝動にかられました。

それから、根っこの部分が1本の木のように大きい熱帯樹(板根)についても、その全体像をぜひ見たいと思いました。そんな大きな根っこが何本もあちらこちらに向かって出ているのだろうか、その根っこと幹の部分のつながり具合はどんなだろうか、あるいは幹の部分はどんな感触がするのだろうかなどと感じたものでした。

またアンモナイトの所では、発掘現場をそのまま持って来て壁に貼り付けたという事なので、壁全体を触ってみたいと思いました。発掘現場とはどんなものなのか、一度見てみたいなと思っていたからです。この壁全体については後述する触図などに書いてもらうのも一方法ではないかと思います。

もう一つ私個人の希望かも知れませんが、色についてもっと説明して欲しいなと感じました。特にそれを感じたのは岩石の断面を見せていただいた時の事で、岩をスパッと切って実になめらかに磨いてあるのを触った瞬間でした。その断面にはきれいな模様があるとの事でした。私はその時、その模様の色合いや形についてもぜひ知りたいものだと強く感じました。そこで、色については言葉で説明していただき、形については触図に書いていただくというのはどうでしょうか。こうすれば、触った以上にイメージが鮮明になって印象に残るのではないでしょうか。

音声ガイドについて

音声ガイドは展示物に対応した説明が自由に選べるデジタル形式なので使い勝手が良い物でした。しかも話の内容もわかりやすくすばらしいと思いました。音声ガイドを聞いてから触ってみると、良く分かります。例えば岩石にしても、その成因によってなめらかな岩石になったり、表面がざらざらしてあちこちに穴のようなものがあいていたり、ガイドの説明を聞きながら手のひらと指を使って確かめる事ができます。そういう意味では音声ガイドはすばらしい物だと思います。ただ、この音声ガイドは初めて作られたという事なので、不便を感じた点もありました。それは一時ストップができない事や巻き戻しができないといった事です。音声ガイドを聞いていて、「あっ、そうか」と思った箇所があれば、そこで音声を止めて実物を触って確かめたいわけです。触って確認した後、再び音声ガイドの続きを聞く、そうできれば良いと思いました。また今聞いた所をもう一度聞きたいという事もあるわけですから、そのためには巻き戻し機能が必要です。このように改良されると、もっと使い勝手の良い物になるのではないでしょうか。それから音の再生速度についてです。最近の視覚障害者用テープレコーダーは再生速度が自由に変えられたり、トーンも自由に変えられるようになっています。それによって速く読んで多くの情報をこなすという人もたくさんおります。私の場合も録音速度の1.5倍から2倍の速さで聞く事もしょっちゅうです。あるいはある部分はゆっくり聞き、ある部分は速回しで聞くという事もあります。録音された方には誠に申しわけないのですが、このような機能もあるとありがたいと思いました。博物館には見る物がたくさんあるわけですし、一方見て廻る時間には限りがあります。その意味からもこうした機能が必要だと思います。

もう一つ、視覚障害者が音声ガイドを聞き終わったかどうか、つきそいの人や説明に当たって下さった博物館の人には分からないということもあります。ですから、音声ガイドを聞いている途中でこれらの人から声をかけられますと、頭の中が混乱してしまいます。その意味では再生が終わった段階でランプがともるとか、何らかの方法で再生中か、終了したかを示す事が分かるようになっていればと思います。またイヤホンについても二個取り出しジャックがついていれば、同じ説明をつきそいの人も同時に聞く事ができるわけです。ここに述べた以外にも他にもいろいろな意見や要望があるかも知れません。せっかくのデジタルガイド機器ですので、さらに有効な物にしていただきたいと強く希望しています。

誘導用ブロックについて

生命の星・地球博物館の場合は、敷地から玄関までは誘導用ブロックが敷かれておりますので、あまり問題はないと思います。しかも駅員さんも丁寧に説明して下さり、また歩いている途中でも近くの人なのでしょうか、「博物館はこちらの方ですよ」などと気軽に声をかけて下さいました。いかにも地元にとけ込んだ博物館という気がしてなごやかなものを感じました。

一方、展示室の中には誘導用ブロックはありませんでした。いろいろな理由があるのだろうと思いますが、誘導用ブロックがあるに越した事はないと思います。しかし、展示室の中には来館者の方も多く誘導用ブロックにそって歩けないかも知れませんし、また博物館で展示物を変える事もあるかも知れません。そういう事を考えると、固定されたブロックより自由に動かせるマット状の物を敷くというのはどうでしょうか。さらに希望を述べれば、展示物の前では足の裏の感触に変化があればそこに展示物があるんだとわかります。あるいは無理かも知れませんが、誘導用手すりというのはどうでしょうか。手すりの上に点字シールがはってあれば、展示物の位置も知る事ができます。それはさておき、学芸員の方が一緒になって案内と説明をして下さるのであれば、それが何よりな事で誘導用ブロックにそれほどこだわる必要はないと思います。

案内ボランティアについて

学芸員の方に代わって案内ボランティアの方が案内し、説明して下さるのも一つの方法かもしれません。当然この場合、ボランティアの方は専門的な知識を持っておられる方か、それなりの講習会で訓練を受けた方が望ましいわけです。これらのボランティアの方々が学芸員の方とタイアップして対応いただければ、それはすばらしい事だと考えます。私は現在一般の公立図書館でそのようなシステムの元でのサービスを受けております。私が申し出た希望に応じて図書館の方が本や雑誌を何冊も用意してくれたり、朗読者の方にお願いしておいてくれたりするわけです。それで私は予約時間に図書館に行って本を読んでいただくわけです。だいたい午前と午後と一日中読んでもらう事が多いのですが、これによって知りたい事が分かり仕事にも大いに役立っております。私にとって、今ではこのサービス制度はなくてはならないものになっております。なお、図書館では朗読者の方々に対して毎年何度も講習会を開いているようです。設備も大事ですが、このような人的なサポート体制を作っていく事も大切な事ではないでしょうか。世の中には知識や経験を持った人がたくさんおられるわけです。これらの人々の知識や経験を生かす事もでき、かつそれが障害者の役にも立つ、そのようにもっていければ、これからの時代の一つの在り方ではないでしょうか。

補助的な図の使用について

視覚障害者用には触図というのがあります。これは紙の上に線が浮き出た図です。これを使うと、全体のようすをつかむ事ができて大変便利な物です。例えば駅から博物館までの道順です。点字ブロックがあれば、それをたどって目的地に行く事はできるわけです。しかし、点字ブロックをたどる事は部分を認識しているに過ぎません。もし触図によって博物館までの道順の全体像が頭に入っていれば一層歩き易くなるのではないでしょうか。極端な事を言えば、触図があれば点字ブロックがなくてもポイントポイントで周りの人に聞きながら目的地にまで行く事はできるわけです。ところで、触図は指で触るものですから、できるだけシンプルにつくる事が肝心です。見た目には良くできていても、複雑なものは役にたちません。こうした触図を最寄りの駅に置いてもらって、駅についたら、その図が手に入るというふうにしてはいかがでしょうか。

さて、展示室については、それぞれの展示物の位置関係を示した簡単な図があるとありがたいと思います。実際、展示室には展示物がたくさんあって、それを次々と説明していただくわけですから、見終わった後で頭の中は混沌としています。もし、展示物の流れや配置が分かっていれば、見学後に各展示物について、もう少し整理された知識として残るのではないでしょうか。また気分の問題ですが、総合案内、展示室、トイレ、レストラン、シアター、休憩用の椅子などの位置関係が図によって漠然とでも分かっていれば、気分的にはかなり楽なものになると感じました。

その触図ですが、作り方にはいろいろあります。専門家がきちんと作る物もあれば、手軽な物もあります。手軽な物の一つにレーズライターがあります。これはゴム板の上に特殊な紙を置いて、その紙の上にボールペンで線を書くという物です。すると、その線が紙の上にはっきりと浮かび上がってくるのです。これを指でたどれば、図を認識できます。ここでいう特殊な紙というのは、表面が紙で、その裏面にプラスチックを張り合わせたものです。このレーズライターは点字図書館の用具部などで売っております。別な方法としては、裁縫道具の一つであるルーレットを使うものです。ルーレットのぎざぎざしたところを点字用紙に当てて転がすわけです。そうすると、点の列が浮かび上がり、図となります。いずれも直線であれ、曲線であれ、簡単に描く事ができます。さらには立体コピーができる便利な機械もあります。

その他の気づいた事柄について

博物館とは直接関係ないのですが、こんな事に気をつけていただけるとありがたいという事を述べてみます。まず、トイレです。現在はいろいろな水洗トイレがあります。目の見えない私が困るのはトイレで水を流す時です。以前でしたらすぐ前にあるレバーを押すだけで良かったのです。今ではそれが押しボタン形式の物も多く、しかもその位置は斜め前にあったり、横にあったり様々です。目がみえないと、その押しボタンをあちらこちらと手でなでまわして探さなければなりません。見つかるまでにけっこう時間がかかる場合もあります。場所が場所だけにあまりなでまわしたくはありません。また、男性用と女性用のトイレの入り口の区別がつかず、まちがって女性用のトイレの方に入ってしまった事も度々です。これについてもそれぞれの入り口の前に何らかの印があると良いのですが。

盲導犬について

盲導犬はしつけがきちんとされておりますので、吠えたり人にかみついたりする事は決してありません。盲導犬は元々性格のおとなしい犬ですし、24時間なかないように訓練されています。ですからコンサートにも行けるわけです。うろうろする事もなく、飼い主のそばにじーっとしているだけです。しっぽを踏まれても、なき声を立てる事もありません。また排泄については飼い主の指示があるまでは勝手にしないよう訓練されております。それから毛が飛ばないよう飼い主は毎朝ブラッシングもしております。このようなしつけを維持するために、飼い主は愛情をこめて犬を大事にしているのです。ですから、来館者の方々にご迷惑をおかけする事はありません。一方来館者の方々にぜひお願いしたい事は、このようなしつけをこわさないためにも、犬をなでたり、食べ物をあげたりしないようにして欲しいのです。しつけがこわれると、いろいろな所で盲導犬を受け入れてもらえなくなってしまいます。

最後に

いろいろと述べてきましたが、視覚障害者が展示物を直接手で触ることができるということは画期的であり、本当にすばらしいことだと思います。目が見えなくても直接触ることで、想像力が刺激され、世界がいっそう広がっていくのではないでしょうか。このような触る博物館の実現に力を尽くしてこられた生命の星・地球博物館の関係者の方々に心から感謝申しあげたいと思います。今後ともさらに貴博物館が充実すること、そして全国各地に触って楽しめる博物館が増えていくことを願ってやみません。

[目次]誰でも楽しめるユニバーサルな博物館〜視覚障害者の立場から


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