学芸員の渡辺がハチの新種を発表しました

2022年4月12日  更新

学芸員の渡辺が豊橋市在住の昆虫愛好家である森下俊介氏との共同研究で、ハチの新種を発表しました。日本産のWoldstedtiusに属するヒラタアブヒメバチ亜科の寄生蜂について分類学的研究を行い、その成果が昆虫系統分類学の専門誌である「Deutsche Entomologische Zeitschrift」に掲載されました。論文の概要は次の通りです。

 

【論文の概要】
本論文で扱ったWoldstedtiusは、ハエ目の仲間であるヒラタアブ類に寄生するヒメバチです。研究に着手した際には日本からは8種が記録されていましたが、分類学的位置が疑わしい種やいくつかの不明種が得られており、包括的な分類学的研究が必要とされていました。

論文では、日本産の本属を9種に整理し、2種の新種を新たに記載、命名しています。また、1亜種を亜種から種に昇格させ、1種を異名とし、1種を日本新産種として報告し、各種の分布や生態についても報告と考察をしています。ヒラタアブヒメバチの仲間は分布が広い種が多く、ヒメバチ科の中では比較的新種が見つからないグループで、海外の分布のみが知られていた種が日本から報告された事例は近年でもありますが、国内からの新種は1988年以降記載されていませんでした。今回の新種は34年ぶりの新顔となります。新種の概要は次の通りです。

 

Woldstedtius alpicola Morishita & Watanabe, 2022

 

タイプ産地※は三重県いなべ市藤原岳です。神奈川県では丹沢山地の大室山から加入堂山の間で標本が採集されており、パラタイプに指定されています。種小名はラテン語で「高山に住むもの」という意味で、多くの個体が山地の高標高地で得られていることにちなみます。ホロタイプ（KPM-NK 81081 ※※）とパラタイプの一部（KPM-NK 81082–81083）が当館に収蔵されています。

 

Woldstedtius punctatus Morishita & Watanabe, 2022（図1 A–D）

 

タイプ産地は神奈川県中井町雑色で、2019年4月に行われた博物館友の会「里山むしてくクラブ」の定例ハイキングの際に、渡辺により採集された個体です。神奈川県内では他に、鎌倉市二階堂、大磯町高麗山、丹沢山地の檜洞丸及び菰釣山でも標本が得られています。種小名はラテン語で「点刻がある」という意味で、小盾板の点刻が他の種よりも強く発達することに由来します。ホロタイプ（KPM-NK 81084）とパラタイプの一部（KPM-NK 81085–81096）が当館に収蔵されています。

 

図1. 今回新種記載されたWoldstedtius punctatus のホロタイプ (KPM-NK 81084)
A: 側方から見た全形; B: 前方から見た頭部; C: 背方から見た小盾板; D: 背方から見た前伸腹節.

 

本論文ではさらに、日本各地で最も良く得られ、各地で多くの分布記録が報告されてきたアシナガアブヒメバチW. flavolineatus flavolineatus (Gravenhorst, 1829)が、ユーラシア大陸に広く分布するW. biguttatus (Gravenhorst, 1829)の誤同定であることも明らかになりました。過去に記録されたアシナガアブヒメバチの証拠標本の全てを確認できたわけではないため、日本での分布は残されていますが、おそらく全てが今回日本新産として記録されたW. biguttatus の誤同定であると考えられます。普通種の種名が誤同定であった例は歴史的にも多々あり、2023年2月18日から当館で開催予定の企画展「超普通種展」でも紹介する予定です。

 

※生物の学名を命名する際に使われる標本をタイプといいます。ホロタイプは学名の基準となる標本で、タイプの中から一つだけ選ばれます。パラタイプはホロタイプ以外のタイプです。ホロタイプが得られた産地をタイプ産地といいます。

※※KPM-NKは当館の昆虫標本の資料番号であることを示す記号です。

 

【論文詳細】
Morishita, S. & K. Watanabe, 2022. Revision of the genus Woldstedtius Carlson, 1979 (Hymenoptera: Ichneumonidae: Diplazontinae) from Japan.
Deutsche Entomologische Zeitschrift, 69(1): 45–64.
(DOI: https://doi.org/10.3897/dez.69.80492)