博物館検討シリーズ(II) ―生命の星・地球博物館開館三周年記念論集― ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館―

下町のタッチャブルミュージアム

ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館― ―生命の星・地球博物館開館三周年記念論集―』31-37ページ

椎名勤治
台東区立下町風俗資料館

しいな・きんじ下町風俗資料館の椎名です。今、上野動物園の方のお話をうかがわさせていただきましたが、私も上野からやってまいりました。たまたま偶然かもしれませんが同じ上野でも場所も違いますし、また内容も違いますので別の観点でお聞きいただきたいと思います。濱田先生には館長会議でかつてご講演を拝聴させていただきまして、その時にこの生命の星・地球博物館が非常に視力障害者のみなさんに対して精力的におやりになっているということを知り、感銘をうけました。本日、引き続きこのような機会を与えていただき誠にありがとうございます。

さて、私どもの下町風俗資料館ですが上野の不忍池の辺にあります。この中にもいらっしゃっていただいた方もおいでかと思いますが、いまから18年前に、1980年すなわち昭和55年に創立したものです。東京の特別区は23ありますがその時点ではこういうような類の博物館はほとんどありませんでした。もちろん資料館と称していますが英語ではThe Shitamachi Museumということで博物館という表示になっています。ただ博物館法でいう博物館でありませんので資料館という名称を使っています。しかし、設立当初は仮称下町博物館ということで準備を30年前からしてきました。

特に東京では二度の大きな災害にあっていて、一つは震災、さらには戦災という出来事です。そういう災害をとおしまして生活用具類はほとんどなくなってきています。また、町並みも変わっています。よく埼玉県の川越市と引き合いになるのですが、東京には江戸がなく埼玉県の川越には江戸があると現在では言われています。そのように言われるぐらいに東京は江戸の風情、さらには江戸の名残がほとんどなくなろうとしています。多少は残っていますので皆無とは申し上げられませんが生活そのものはだんだんなくなってきております。特にオリンピックを境にしまして近代化が進んでまいりました。そのような関係で古い町並み、また、生活様式も洋風化と申しますか昔ながらの生活が多少合理化の方向に移ってまいりました。生活そのものが変わってまいりました。そうなりますと昔の生活に必要であった用具類等がドンドン捨てられ、後世に昔の実体が伝わっていかないということで、そういう危惧の声が挙がってきました。その時期に私どもの博物館建設運動と一致しまして日の目を見たという経緯がございます。

それでは私どもの資料館は実際にどうなっているのか、それをお話するわけですが、おことわり申し上げたいのは、決してここで声高らかに胸を張って内容をお話できるような博物館ではありません。もうすでに18年経っていますし、18年変わらずの内容です。そして生命の星・地球博物館で視覚障害者対応の博物館を精力的に進めていることを知りましてハッとしました。それは濱田先生のご講演を聞いてからですが、現在はリタイヤしていますが私は元公務員でしたので、元の職場の同僚たちにいろいろ聞きました。「障害者対応の博物館にしたいんだけど」とあらゆることで準備を進めてきました。で、そうこうしているうちにこのような企画があるというお話を受けまして、実を言いますと、まだ準備中ですのでここで申し上げにくいわけで、もう少し完成してからカッコよく言いたかったわけです。ところが中途半端でこの壇にのせられましたのでその周辺はつまらない内容であるかもしれませんが、一つお許しいただきたいと思います。

  1. 出入り口の段差解消
  2. エレベーターの設置
  3. 車イス用のトイレの設置
  4. できる限り入館料を据え置く(十八年間改定なし)
  5. 下町の庶民生活の過去の姿を多少なりとも体験し、実感できるよう、館内に再現した家に上がり展示品に触れても良いようにする
  6. 物売りの声等を終日エンドレス・テープで流すコーナーを設ける
  7. 子どもの遊びコーナーを設ける

さて、18年前に福祉対応型のということで一応オープンしたわけです。要旨集にも7点ほどポイントを書いてあります。一番から三番までは現在当たり前の話ですのでここに載せるものではないのですが、現在でも私どもではこのような条件で管理運営を行っておりますので載せさせていただきました。一番から三番までは、バリアのうちでも物理的なバリアを多少取り除いたことになるかと思います。四番と五番につきましては政策的な部分もありますが、特に五番目が、私どもの現在の経営方針の中でも今日のテーマであります視覚障害者対応の展示方式になっているのではないかと思います。若干その周辺にもふれさせていただくわけですが、これも最初から視覚障害者対応を考えたわけではありませんので非常に不備な点があると思います。急ごしらえですが点字の案内板をつけたり、さらには音声のガイドをつくったりという計画を進めてきました。実をいいますと間に合いませんでした。今、ボランティアの方にお願いしまして準備を進めている最中です。一年後には、機会があればまたここで胸を張ってみなさんに発表できるかと思います。もうしばらくお時間をいただきたいと思います。

四番のできるかぎり入館料を据え置くということは、低廉化できればできるほどいいわけでして18年間同じ料金です。当初は、類似の博物館の状況を勘案しまして設定しましたが金額は200円です。現在、200円というとおそらく博物館、資料館としては安い方ではないかと思っています。議会で議決されなければ上げることはできませんが、そのような声も挙がってきていません。他の使用料、負担料というものは二、三年に一回ぐらい見直していますが、どういうわけか入館料は上げろという声は出てきませんので18年間そのままの金額です。将来も、上げろといわれた時には、それなりの理由をつけて理解を求めようかと考えています。

五番目は、書かれていますように過去の姿を多少なりとも体験できるように、また実感できるようにすることです。私どもはミニ博物館ですので、全体でも1200平方米しかありません。ここの県立博物館のようにすばらしいスペースがあればもっと加えるということもありますが、私どもではそれが望めませんので、1200平方米、特に展示スペースは430平方米しかありません。その430平方米の中の約60%は自由に開放しています。特に一階の部分は、受付から入りまして、すぐ触ってもいい、引き出しをぬいてもいい、中のものを引き出して触ってもいいというような触り放題と、あまり言葉はよくありませんが、そのような状況で運営をしております。二階は三分の一ぐらい制限されます。歴史的な資料がありますのでノータッチとということで勘弁していただいておりますが、二階においても復元物、現物三点ほどあります。風呂屋の番台など実際に現場で使っていたものをいただいてきて再度復元したものもあります。それから日本で最初の珈琲屋、いわゆる喫茶店なども復元しております。それから戦後30年、新幹線とかオリンピック以降、経済成長が高まっている時にできた標準的なスタイルの住宅の一室を復元してあります。こういうものについては自由に触ってよいものです。

そのつぎは六番と七番の部分ですが、七番の子どもの遊びコーナーを設けると書いてありますが、これはべつにバリアに関係ありません。これは私どものサービスの一つの形です。内容は、昔の明治、大正の古い玩具を使用しての遊びのコーナーです。お手玉とか竹とんぼは危ないので飛ばない竹とんぼとか万華鏡をおいたり、それからパチンコの元の祖形でありますコリントゲームとかその他、釣竿の先に針があってさかな釣りを模した遊びとか輪投げなど、こういうものを適宜取り替えながら展示し、さらには自由に使ってもらうというコーナーを設けているのが七番目のことです。

一つ戻りまして六番目ですが、これは視覚障害者のみなさんにも多少提供できるサービスと思いますが、物売りのプロの音声です。今から十年ほど前に物売りの音声を吹き込んでいただいた貴重な資料です。そのプロの音声、例えば、金魚売り、納豆売りは今でもあるかと思いますが、それから大道芸のいろんな口上など、十六種類の物売りの声を吹き込んだものを終日エンドレスでフルにお伝えしています。その音声だけでも視覚障害者のみなさんには多少なりとも昔の雰囲気を理解できるのではないかと思います。そのほか時によってはエノケンの古いレコードを流したり、一階にあります横丁では、小唄の師匠のコーナーで障子の隙間から終日エンドレスで小唄のレコードを流しております。これも昔の雰囲気を少しでも感じられて、お帰りいただけたらと思ってやっております。このようにいくつかの物売りの声を終日流しているコーナーも設けています。

今後の課題もたくさんあります。障害者、特に視覚障害者への対応の部分が非常に欠落しています。ここの博物館で精力的におやりになっているということを聞きまして私は非常にショックを受けました。それまで私は福祉関係の仕事を何年かやってまいりました。福祉関係のうち、国民年金から児童保育、それからボランティア、地域福祉の対応などやってまいりました。ひととおり福祉にたずさわってきましたので、この観点から私どもの資料館を今後どのようにやっていくかというのが課題となっています。

(スライドを使って説明)

  • これが私どもの資料館の外観です。左が不忍池です。
  • これが前面です。不忍池の辺にあります。八角堂みたいな建物がありますが、その奥に上野の動物園があります。上野の山の下に位置づけられたもので、下方にあります。
  • ここが私どもの館の入り口です。段がグランドレベルから30センチくらいありまして、いきなり車椅子では入ることができません。
  • アプローチは側から入るようになっていて、車椅子も側から入れるようになっています。
  • ポストがございますが、これは古典的なポストで今はほとんど見かけないもので他の博物館からいただいてきました。このポストの側がスロープになっており、ここを右に曲がると正面玄関に入ります。
  • これが正面玄関です。
  • いきなり箱車があります。これは昔呉服屋さんが実際に使っていたものです。これは大体、大正の震災までにあったもので震災以後はどんどんなくなったそうです。引き出しが開いていますが、お客さんに自由に開けてもらうことができます。その中には呉服物が入っていて自由に触ることができます。
  • これは商家を復元したものです。現在の鼻緒屋で、台東区は鼻緒や下駄等の製造が今でも地場産業になっています。後世に昔の鼻緒屋を残すために入れています。月に一度お店の人に来ていただいて実演を行っています。
  • これは長屋です。実際には商家の裏側にあるもので、実物大に復元しています。その前に井戸端があります。明治末期のスタイルのものです。手前には木製のたらいがおいてありますが、いまでは博物館に行かないと見られないものです。また手前にはたばこ盆があり、お客さんが火箸でたばこ盆の灰をかきまわしているところです。
  • これは子どもが帳場に座って、若旦那になったつもりでしょうか、そろばんを弾いているところです。
  • これは鼻緒の実演のようすです。本職の方に来ていただいています。
  • これは長屋の一室ですが駄菓子屋です。駄菓子屋の奥ですが、実際に上がってもらってこたつの中にあたろうが、茶碗その他、置いてある家具一式を勝手に触ってみてもよいようにしてあります。
  • 左がわは居間を復元したものです。たんすの中にも衣類を収めております。これも触っていただいてかまいません。
  • これはお稲荷さんですが、おみくじが引けるようになっています。さらにおみくじにあわせて番号の札も用意しています。凶はおいていません、ほとんど吉以上です。
  • これはエレベーターです。障害者対応で低い位置にボタンがありますし、手すりもついています。トイレも車椅子ではいれる障害者対応のものがあります。
  • これは二階のコーナーですが、物売りの音声をずっと流しています。
  • これは昔の玩具を利用した遊びのコーナーです。子供たちが興じている場面です。
  • これは知恵の輪です。このような知恵の輪は視覚障害の方にもご利用できるのではないかと思います。
  • これは風呂屋の番台を復元したものですが、特に大人の方が喜んで座っています。

ということで、ざっと駆け足でご紹介しましたが私どもの資料館の内容です。

今ご覧いただきましたように、私どもの資料館は別に目新しいものはありません。そこで今後どのようにするかということが課題であります。もちろんサービスの向上もありますが、障害者対応のことが少し欠落していたことがおわかりになったと思います。視覚障害者のみなさんには、点字図書のノウハウを活用しながらご協力をいただき、案内板を整備したり、あるいは音声ガイドを設けたりということをしていきたいと思います。

基本的なコンセプトでみなさんも同じと思いますが、障害者基本法に基づいて公共施設は相応に整備をしていかなければいけないという義務づけがあります。それにもとづいて私どもの区では2年ほど前に、台東区障害者福祉計画というものを策定しています。そこでも視覚障害者の方に対する配慮が必要とされています。その一つの大きな点は、まず共に生きるということ、障害者の方を特別扱いしないで、一般の隣人として共生していこうということです。また、そういう社会を作っていこうではないかということを強調した計画です。それにより私どもの資料館は教育施設ではありますが、台東区で作っています障害者福祉計画に基づくいてさらに障害者の方々のために、どのように整備していかなければならないかが今後の課題です。今まさに緒についたばかりです。もうしばらくお時間をいただきたいと思います。ご静聴どうもありがとうございました。

目次 参加型体験型の博物館における視覚障害者への対応