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学芸トピックス―渡辺恭平―
学芸員の渡辺がハチの新種を多数発表しました

学芸員の渡辺がハチの新種を多数発表しました

2025年11月19日 更新

学芸員の渡辺は、ドイツ在住の寄生蜂の研究者であるMatthias Riedel博士との共同研究で、南西諸島のヒメバチの仲間を調査し、多数の新種を含む記録を発表しました。その成果が動物系統分類学の専門誌である「Zootaxa」に掲載されました。論文の概要は次の通りです。

【論文の概要】
ヒメバチ科に含まれる40以上の亜科の中で、ヒメバチ亜科は特に多くの種を含み、分類が難しい一群です。国内でヒメバチの多様性解明が比較的進んでいる南西諸島においても、わずか27種がごく断片的な分布記録に基づき記録されているのみでした。そのため、調査で頻繁に採集される種であっても種名が判明しないものが多数存在していました。

筆者はドイツで標本調査をした際にこの類の権威であるMatthias Riedel博士と知り合い、数年にわたりヒメバチの研究について交流を重ねてきましたが、日本を含むアジアの生物地理を考える上で、南西諸島が特に興味深い地域である点で意気投合し、共同研究を実施しました。一部の標本をドイツに送り、メールのやり取りを重ねながら種の記載や分布情報の整理を行った結果、南西諸島から既知種数の約1.7倍にのぼる45種のヒメバチ亜科の分布を認め、そのうち37種で分布新記録を報告しました。これらには3種の日本新産種、8種の新種、1種の新亜種が含まれます。また、属の所属変更や異名※も認めました。

論文で記載された新種は下記の通りです。いずれも和名はまだありません。全ての種と亜種のホロタイプ※2(KPM-NK 109472-109480)、およびパラタイプ等の一部は当館に収蔵されます。

Aethecerus albicoxalis Riedel & Watanabe, 2025
屋久島に分布。種小名は後脚の基節が白いことにちなみます。


Alystria albolineata Riedel & Watanabe, 2025
屋久島に分布。属レベルでも日本新産です。種小名は後体節背板の後縁に白帯(線)があることにちなみます。

Barichneumon nipponicus Riedel & Watanabe, 2025
沖縄島と屋久島に分布。種小名は日本にちなみます。

Cratichneumon variator Riedel & Watanabe, 2025
奄美大島、徳之島、沖縄島に分布。種小名は体色や体サイズに種内変異があることにちなみます。本種は奄美群島の個体群と沖縄島の個体群の間に安定的な差異が認められたため、奄美群島の個体群を名義タイプ亜種※3 variator Riedel & Watanabe, 2025、沖縄島の個体群を亜種kijimuna Riedel & Watanabe, 2025としました。後者の亜種小名は沖縄の妖怪「キジムナー」にちなみます。この妖怪はガジュマルの木を好むとされており、この木はこのハチが生息する森林や集落周辺にもよく見られます。

Heresiarches japonicus Riedel & Watanabe, 2025
屋久島に分布。種小名は日本にちなみます。

Stenaoplus yakushimae Riedel & Watanabe, 2025
屋久島に分布。種小名は屋久島にちなみます。

Stenobarichneumon nigritor Riedel & Watanabe, 2025
屋久島に分布。属レベルでも日本新産です。種小名は体が広く黒色である点にちなみます。

Vulgichneumon okinawae Riedel & Watanabe, 2025
沖縄島に分布。種小名は沖縄島にちなみます。

論文では上記新種の記載を中心とした内容に加え、南西諸島を構成する島の面積と標高を、記録されている種数と比較し、多様性の傾向を議論しています。その結果、調査バイアス※4 があるものの、屋久島(28種)、奄美大島(15種)、沖縄島(13種)の種数が特に多く、島の面積よりも標高や他地域(例えば九州)からの距離が影響していることが示唆されました。

本論文により、南西諸島のヒメバチ科の多様度が一気に高まり、今まで不明であった多くの種の正体が解明されました。今後各種の分布や生態の解明が望まれます。

※ 同じ種に対して複数の学名がある場合は、基本的には先に命名された方が有効となり、それ以外は無効になり、異名(シノニム)とされます。海外の種と比較をすることで、別々とされていた海外の種と日本の種が実は同じ種であることが判明することは良くあることです。このような問題を解決することも、分類学の重要な仕事です。

※2 生物の学名を命名する際に使われる標本をタイプといいます。ホロタイプは学名の基準となる標本で、タイプの中から一つだけ選ばれます。パラタイプはホロタイプ以外のタイプです。KPM-NKは当館の昆虫標本の資料番号であることを示す記号です。

※3 種を複数の亜種に分ける際に、基準となる亜種のことを名義タイプ亜種といいます。それぞれの亜種が別種となった場合は、名義タイプ亜種がその種として残り、別の亜種は別種となります。

※4 交通の便や昆虫の豊富さ、各種規制の有無などにより、研究者や愛好家に調査されやすい場所と、調査されにくい場所があります。例えば、羽田空港から直行便がある奄美大島、沖縄島、石垣島は、南西諸島の他の島よりも調査精度が高い傾向(バイアス)があります。

【論文詳細】
Riedel, M. & K. Watanabe, 2025. Contribution to the Ichneumoninae (Hymenoptera, Ichneumonidae) of the Ryukyu Archipelago, Japan. Zootaxa, 5719(1): 1-48.

KPM-NK_109472.jpg
Heresiarches japonicus Riedel & Watanabe, 2025のホロタイプ(KPM-NK 109472).