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学芸トピックス―渡辺恭平―
学芸員の渡辺が神奈川県天然記念物のギフチョウについて発表しました

学芸員の渡辺が神奈川県天然記念物のギフチョウについて発表しました

2026年6月25日 更新

学芸員の渡辺は、大阪公立大学の中濱直之博士、上田昇平博士、平井規央博士、富山大学の木下豪太博士、大阪府立環境農林水産総合研究所の故 石井 実博士 、東京大学総合研究博物館の矢後勝也博士とともに、神奈川県の天然記念物であるギフチョウについて、遺伝的解析を行いました。このたび、その成果が昆虫学の国際誌である「Entomological Science」に掲載されました。

ギフチョウLuehdorfia japonicaは里山的環境を好むチョウの一種で、氷河期の生き残りとされることもあります。春先に出現し、その可憐な姿から「春の女神」といわれています。里山環境の荒廃や乱獲により、関東地方におけるギフチョウの生息地は今や神奈川県相模原市にある石砂山(いしざれやま)周辺のみとなっており、神奈川県の天然記念物にも指定され、保全活動が行われています。しかしながら、石砂山では過去に長野県北部や山梨県南部由来のギフチョウが放蝶されたことが報告されており、形態的な観察によって遺伝的撹乱の問題が以前から指摘されていました。ギフチョウは地域ごとに翅の模様(斑紋)に違いがあり、ある年代には他の産地から放蝶されたと思われる斑紋を持つ個体が多数確認されていました。しかしながら、当館の学芸員(高桑正敏、苅部、渡辺)、県文化遺産課、相模原市および有志の愛好家による異常斑紋個体の駆除事業が進められ、年々その頻度は下がり続けていました。一方で、限られた斑紋に基づきオスでのみ区別できない点や、そもそも模様の違いが本当に遺伝的な集団を反映しているのかが未検討である点、遺伝的錯乱の実体が解析されていない点が、問題となっていました。

今回の解析では、石砂山のギフチョウ45個体を遺伝解析した結果、外来の遺伝的グループの割合は全体のわずか2%程度であることがわかり、幸いなことに、遺伝的撹乱はほとんど起こっておらず、影響は軽微であることが判明しました。そのため、石砂山のギフチョウの保全価値は損なわれておらず、継続的な保全の必要性が改めて示されました。現在、石砂山のギフチョウは法的には保全されていますが、急増したニホンジカによる食草の食害により、急速に個体数が減じており、様々な対策が講じられています。今後もギフチョウが生息できる環境を、神奈川県に残してゆくことが求められます。

本研究の成果については、研究代表者の中濱博士によりプレスリリースが出されております。興味のある方は是非ご覧ください。

なお、神奈川県のギフチョウに遺伝的錯乱が認められなかった点は幸運ですが、元をたどれば身勝手な放蝶行為がされたために、数十年にわたり斑紋異常個体の駆除事業が必要となり、今回のような遺伝的解析が必要となったという経緯があります。研究代表者の中濱博士も述べているように、地域による遺伝的分化を無視した放蝶、またチョウに限らず野生生物を野外に放すことは、厳に慎まれるべき行為です。

石砂山のギフチョウについては、2026年7月18日(土曜)から 11月8日(日曜)に開催される当館【特別展】しらべて分かった!里山にくらす動物たちで展示予定です。

論文詳細

Nakahama, N., K. Watanabe, G. Kinoshita, S. Ueda, N. Hirai, M. Ishii & M. Yago, 2026. Minimal impact of anthropogenic genetic disturbance on the endangered butterfly Luehdorfia japonica (Lepidoptera: Papilionidae) within the Kanto Mountains, Japan. Entomological Science, 29(3), e70028. (https://doi.org/10.1111/ens.70028)